)……(永い間)……そいで……実あ、僕も、……やっぱし、あなたと同じような気持があるもんですから……なんとか、ハッキリしたいと思うもんで――。
三好 ……(やっと顔をあげる)……う? (昂奮が少し鎮まって)……だって君、同じようなと言ったって、良い若いもんが、こんなミジメな仕事を続けて行って、なんになる?
佐田 ですから、こないだの作品が、いよいよもう、まるきり取り柄が無いと決まれば――。
三好 何かほかの、有用な仕事でも捜す?
佐田 いいえ、この身体じゃ、そんな事したって、先は知れていますし――。
三好 ……やるのかね?
佐田 ……(下を向いてションボリしている)
三好 困ったなあ。そいで俺が何と言やあ、いいんだ? 褒めりゃいいのか? くさしゃいいのか?
佐田 ホントの事を言って下さい。
三好 …………。(クタクタに弱って、ボンヤリしている。登美が立って、縁側をユックリユックリ歩き出す)……(間)
登美 ……ええと……(ユックリ引返して来、又向うへ歩き出しながら、庭を見、はじめ低く、でたらめの鼻唄)……フン、フン、フーンと。ユスラ梅が赤いよう……赤いのは、ユスラ梅……神は天にまします。天にましまし、なんにも御存じない――と。(何か讃美歌の節になる。その間も、三好と佐田はぼんやりして相対している)
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(そこへ下手庭口からツカツカ入って来る和服に袴で黒い手カバンを下げた男、本田一平。四十二三歳で服装も態度もキチンとして上品である。木戸口で立停り、屋内の様子を見廻している)
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登美 どなた?
本田 堀井さんのお宅でしたっけね?
登美 はあ……(縁側に手を突いて、丁寧に)どちら様でございましょう?
本田 いやあ……(ツカツカ、縁側の方へ)ええと、失礼ですが――。
登美 三好さん、お客様です。
三好 ……(先程から、救われたように、此方を振向いていたが、ノッソリ立って来る)やあ……。どなたですか?
本田 こんな所から失礼でございますが、私、本田と申しまして、堀井先生には二三度お目にかかった事がありますが、今日は御在宅――?
三好 堀井博士なら此処には居られんのですが……どんな御用事です?
本田 そうですか。いえ、警戒なさらなくても結構です。博士に用が有って伺ったわけでは無いので。実は、こちらに、たしか、昨日か、又は二三日前か、韮山と言う人が伺った筈でございますが――韮山正直と言って――。
登美 韮山さんなら、見えています。
本田 いる、と言うと――今、来ているんですか?
登美 はあ。朝からズーッと。
本田 そりゃ――そいつは――(言うなり、サッと縁側にあがり、キョロキョロと四辺を見廻す)じゃ、チョット失礼して――(あわてた風で座敷の方へ入って行きそうにする)
三好 ……(突立ったまま本田をジロジロ見ていたが)そっちじゃありませんよ。
本田 え? どこです?
三好 応接室です。そう申して来ましょうか?
本田 (あわてて)いや! いいんです! 私が行きますから。ええと応接室と言うのは――。
三好 こっちです。御案内しましょう。(先きに立って下手へ歩き出す)
本田 そりゃ、どうも――(キョロキョロと彼方此方を警戒しながら、三好の背後にピッタリと引き添うようにして、ついて行く。三好は、下手の室に入り、その奥の襖をサッと開ける。すると、本田は何と思ったか、三好より先きに、サッとそこから奥の廊下に消える。三好は驚いて、それを見ていたが、やがてこれも、奥へ去る)
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(登美はその二人の姿を見送って立っていたが、やがてスタスタ、元の室の机の所に戻って来て坐る)
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佐田 ……なんですかね?
登美 さあ。……変なお客ばっかり、しょっちゅう来る家ですから――。(レース編物を取り上げる)
佐田 ……さしずめ[#「さしずめ」は底本では「さしづめ」]、僕なんぞは、変なのの一人ですかね。ハハ。
登美 ……(顔をあげて佐田を見るが、話に乗って行こうとせず、又うつむいて編物をはじめる)
佐田 何を編むんですか?
登美 ええ……。
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(話のつぎほが無い。上手奥の離れた所から、お袖の掻《か》き鳴す三味線の音がして来る。これは最後まで断続する。……佐田、眼を据えて登美の姿を見ている。……間。……登美は佐田から見詰められている事を意識して不愉快らしいが、動かぬ。すまして、編物の手を動かしている)
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佐田 むむ……。(低く唸るような声)
登美 ……どうなすって?
佐田 いや……。登美子さん――。
登美 あなた、三好さんをいじめるの、いいかげんになすったら、どう?
佐田 いじめやしません。なんしろ僕あ苦しいもんだから――。
登美 この前だって、三好さん、なけなしの金を、ああしてあなたにあげたわね。
佐田 僕あ、感謝していますよ。…………(しばらく黙っていてから)あなたは三好さんの、なんですか、愛人ですか?
登美 あいじん?……私?
佐田 そうでしょう?
登美 そう見える?……フ。
佐田 そうじゃないんですか?
登美 なぜそんな事おききになるの?
佐田 ……なぜって事も無いんですが、……はじめから、僕は、あなたを綺麗な人だと思っているから。
登美 ……。綺麗でしょう? 勿論綺麗だわ、私は。
佐田 ……あなたを見ていると、僕あ、なんか、夢の中で美しい人を見ている様な気になる。
登美 夢ね? アハハ。
佐田 嘘を、僕は言ってるんじゃ無いんだ。(スッと立って来て、登美の直ぐ傍に並んで坐る)
登美 …………? (でも起とうとはしない)
佐田 (机にかけた自分の左手を見て)チョット、これを、おさえて下さい。こんなに顫えるんだ。こいだけ、もう、身体が参っちゃってるんですよ。……おさえて見て下さい。
登美 こうなの?……(佐田の左手を片手でおさえる)
佐田 ……こら。ドキドキしているでしょう?
登美 そうね。……(少し身じろぎをして)なに、なさるの?
佐田 いや、僕はね……。
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(二人はそのままの姿で並んだままジッとしていたが、登美がそれまで右手に握っていた金属の編棒を、着物の上から佐田の脚のどこかにグッと突き立てて、次第に力を加えて行く。佐田は、その痛みをジッとこらえている。声は出さないが、よほど痛いと見えて、肩で息をしている。……そこへ、足音が下手奥の廊下からして来る。登美が編棒を引く。佐田ヨロリと立って、元の所へ戻って坐り、前へ折れ曲るようにして畳を見ている。三好入って来る)
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三好 ……勝手にしろ。(一人ごと)
登美 どうしたの?
三好 ジュンデンゴウと言う奴か。(坐る)
登美 どうして?
三好 うん、向うでなんか談判している。……(佐田を見る。見ていて、何か思い決した風で奥歯をグッと噛み、眼を光らせて立ちあがり、床の間の方へ行って、そこにのせてあった一束の原稿を持って戻って来、佐田の前にそれを置く)……これが君の作品だ。
佐田 はあ……。
三好 言うよ。仕方が無い。……言うからには正直に言う。ことわって置くが、勿論これは僕の一家言だ。つまり偏見だよ。自分では自分の言う事に間違いは無いと思うが、でも他の人が見れば、又違った見方をするだろう。批評と言うものは、そんなものだ。結局、なんのたしにもなるもんじゃ無い。いいね?
佐田 ……(黙ってかがみ込んでいる)
三好 ……そいで、ハッキリ言うと、君は一日も早く戯曲なぞ書くのを、よした方がいい。望みは無い! (言い切って、真青な顔をしている)
佐田 ……(首を垂れていたが、やがてフト顔を上げて)駄目でしょうか?
三好 駄目だ。……全体、命がけで戯曲を書いている人の、こいつは、作品では無い。命がけで書いた作品を、第一、こうして、綴じても来ないと言う法があるか。
佐田 ……それはあなたが僕の生活を知らないからです。綴じようにも、紐一本、紙一枚僕は持っていません。原稿紙だけはズッと以前のがありましたけど。
三好 ……いや。内容もそうだよ。ここに出て来る若い男が女に話す話、まあラブシーンかね、……あれは、なんだ? 田舎の百姓の青年が、「僕はこうしてあなたと並んでいると、生命の躍動を感じます」とは、なんてえ言い草だ? ダボラを吹くな! これはホンの一例だよ。徹頭徹尾、君は作品で嘘をつこうとしているんだ。
佐田 そうでしょうか? 僕は、現実に行われる会話や動作を、作品でそのまますき写しをして再現することは、必らずしも要らないと思っているんですけど――。
三好 僕の言っているのは、その事じゃ無い。……なるほど、現実をすき写しをする必要は無い。しかしどんなにロマンティックな、又は表現的な書き現わし方をしようと、そいつの根本は正直でなきゃならん。リアリティがどうのこうのと、理窟を僕は言おうとしているんじゃ無い。ごく普通の意味で正直。それだ。そいつを、君は、ごまかそうとしている。飾り立てようとしている。
佐田 しかし、僕の生活なぞ飾り立てでもしなければ、あまりにみじめですからねえ。
三好 駄目だよ。君の生活の、どこが結局みじめだよ? むしろ、みじめなのは、飾り立てでもしなければ、あまりにみじめだと思っている君の精神そのものだ。創作をする事が、なにかしら、すばらしい聖なる仕事のように考えて、それにかじり附いて、そんな愚劣なものを書いて自己満足を感じている君の量見が、一番みじめだよ。悪い事は言わないから、そんな物を書きちらす事なぞよして、何でもいい、どんな小さな仕事でもいいから、もっと有用な仕事を捜すんだな。
佐田 ……そいつは、しかし、僕に死ねと言うのと同じです。
三好 (叫ぶように)死んだらいいじゃないか。何をしていても、死ぬものは死ぬし、生きるものは生きる。冷淡なようだが俺あ知らん。君にまだ救われるだけの脈が有れば、誰から突っぱなされようと、救われる。むしろ僕なぞから早く突っぱなされればされるほど、早く救われる。そりゃね、君には望みが有るから、もっと書いて行きたまいと言う事は、僕には一番たやすい。しかしそうすると、君のみじめなウロウロ歩きは、いつまで経っても、おしまいにはならん。よした方がいいね。
佐田 ……そうですか。
三好 ………やるかね?
佐田 …………………。(原稿を取る)
三好 ……やろうと、やるまいと君の勝手だ。しかし、此処で、僕の目の前でやることだけは、かんべんして呉れ。
佐田 ……失敬しました。じゃ、これで――。(フラフラ立って縁側へ。膝が痛そうである)
三好 ……帰るの? 電車賃は有るかね?
佐田 歩きますから……(庭へ降りる)
三好 だけど、その様子では……(たもとを捜して五つ六つのバラ銭を出す)じゃ、これ持って行きたまい。僕にも、これっきりしか無い。いいから――。
佐田 (それを受取って、ガクンとお辞儀をする)ありがとう。では――(ビッコを引きながら、下手庭口の方へフラフラ歩き出す)
三好 気をつけて……(呼吸を呑んで、縁側に立ったまま、見送っている。佐田のまるで幽霊の様にションボリした後姿が庭口を出て消える)……ああ、えらい目にあった。(額に、にじみ出した油汗を掌で拭く)俺が死ぬ目に逢ってるような気がした。
登美 (レース編みを又始めていたが)三好さんは、馬鹿だわね。
三好 馬鹿? どうして?
登美 馬鹿だから、馬鹿だわよ。鼻の先きで、人に裏切られても、それを知らないで、自分だけ良い気持になっていりゃ、世話は無いわ。そいつは、立派な悪徳よ。
三好 なんの事だ?
登美 今の佐田さん、さっき、私に何をしたと思って?
三好 何をしたんだい?
登美 知らないでしょう? いやな奴!
三好 手出しでもしたのか?
登美 あんな奴、死んだりするもんですか?
三好 ……そうじゃ無い。僕あ、昔、買って貰った靴が自分の足に少し小さいと言うだけの理由で自殺しようとした子供を知ってる。どんな小さい事でも死ねる奴もいるもんだよ。……もしかすると、ホントに死ぬ気だから、最後
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