、そうハッキリした事じゃ無いんですけどね、とにかく長過ぎるんですよ。……近頃、三好さんの書く物、益々、なんだか、三好さん自身の人柄が生のままで出て来ちまうんじゃないですかね?
轟 ……でも元来が、人は良い人ですから。偏狭は偏狭ですけど。
浦上 この、ネチネチとからんで来る式の……あれが困るんだなあ。そりゃ、そうだ、人は良い人ですよ。
轟 イデオロギー的にも、少し古いんじゃないですかね?
浦上 さあ。……でも、なんですねえ、時代がこんな風になって来ると、なんかこう飛躍的に明るい力強い物を世間が要求する事は事実ですから。それに、三好さんなど、現在はそうで無くても、昔が昔だから、やっぱり変な目で見る方面もありましてね。外部から一人の人を見るのにも先入観と言ったようなものが有って、そんなもの馬鹿げていると言えば言えるが、やっぱし、世間を相手にして芝居をして行かなきゃならんとなると、そいつを無視するわけにも行きません。あんたなぞも、最初、妙な色眼鏡で見られないように気を附けないと――。
轟 よくわかります。実は僕もそれには気が附いているんで、なんとかしたいとは思っていますけど、別にツテも無いし、何とか、しようにも未だロクな物は書けんし。
浦上 でも「水の上」など、面白いと言うじゃありませんか。あれは何枚でしたっけ?
轟 四十七八枚です。いや、まだ駄目ですよ。
浦上 たしか、大陸物だったですね?
轟 大陸物と言うわけでも無いですが、多少そっちの方にも引っかけてあります。素材だけは新らしいつもりですけど、まだまだ、仕事が青くって……。
浦上 そうだなあ……四十七枚と。……道具は――装置ですよ――何杯でしたっけ?
轟 一場面きりです。夜の河岸ですから、簡単なもんです。
浦上 そうか。すると……そうだなあ……そいつは良いかも知れんなあ。ええと、その雑誌、今、あなた持っていませんか?
轟 今は持っていませんが、なんなら、明日にでもお届けしましょうか? 読んで下さいますか?
浦上 三好さんのと突き代える物が、二三有るにゃ有りますけど、とにかく、今大至急に捜しているんですよ。そうだなあ。明日にでも、もし出来たら、その雑誌を持って一度僕んとこにやって来て呉れませんか?
轟 あがりましょう。事務所ですね?
浦上 御存じでしたね? とにかく、その上で、拝見もするし、もしそれで行けるようなら、その方の御相談も――。
轟 どうか、よろしくお願いします。そんな事になれば、僕も実にありがたいし、どうか一つ――。
浦上 あなた、小田切さんに一度会ったらどうです?
轟 小田切喬さん?
浦上 やっぱし、そんな事になればデビュは、大きい所からした方が将来のために良いし、小田切さんの口添えと言う事になれば、文壇方面で、その先刻言った先入観と言ったような事も、結局うまく行くと思うんですよ。なんなら、私の方から紹介してあげてもよござんす。
轟 そうですか、では、どうか一つ御紹介を願います。実はそれは以前から考えていたんですけど、そんな事を言い出すと、いやな顔をされるもんですから――。
浦上 いやな顔を? 三好さんがですか? そいつは、しかし、よく無いと思うなあ。後輩の進んで行く路を、そんな事でふさぐと言う手は無いですよ。
轟 いえ、そんなわけでも無いんですけど。……僕のために考えてくれているにゃ居るんです。ハハ、先刻も、そ言った事で叱られていたとこでした。あの人の言う事に間違いは無いんだ。でも、なんしろ、善良過ぎる人で……しかもドグマチストと言うんですか、こだわる必要の無い所でも、自分がこう思ったら、むやみと自分を通そうとするんです。
浦上 それなんだ。あの人が、もっと大きな作家になれないのも、その性質のためです。もっと人の言う事を聞いて呉れりゃ、いいんだが。一徹と言うよりも、なんか変質的にイコジだから。
轟 近頃、イライラしてるからですよ。人は無類に善良な人ですよ。ハハハ、あんな、良い人は居ませんよ。良い人です。ハハハ。私の「水の上」が、もし、そんな事になれば、キットよろこんで呉れます。
浦上 そりゃ、よろこんで呉れるのが当然ですからね。先輩として……。
[#ここから2字下げ]
(言っている[#「言っている」は底本では「言つている」]所へ、奥から足音が此方へやって来る。轟と浦上はポツリと話を止めてしまう。……三好入って来る)
[#ここで字下げ終わり]
三好 ……どうも失敬。
轟 どうしました?
三好 ううん、何でも無いんだ。待っている人が、居眠りをしていて、チョット……。
浦上 そいじゃ、お客さんもお有りのようだし、今日は、これで――。(腰を上げて縁側へ)
三好 そう?……すると、じゃ、まあ僕の物は引込めるとして、拝借してある金は、どうしたもんですかね?……今返すと言っても、僕の手元には、まるで無いし――。
浦上 いいえ、その事は、いずれ又、何か新らしく書いていただく時にでも清算していただきますから、気になさらないで――。
三好 そいつは是非書かせていただきたいけど、でもいつになるか当ての無い事では、御宅の方も整理が附かないでお困りでしょうし[#「しょうし」は底本では「しようし」]――。
浦上 いや、それは……。(かまわず靴を穿きにかかる)いずれにしても、元々私の方でお頼みして書いて貰ったんですから[#「貰ったんですから」は底本では「貰つたんですから」]、仮りに、これきりになりましても、それは私の方の責任で、あなたに御迷惑をかける筋はありませんから――。
三好 え? それ、どう言うんです?
浦上 まあ、まあ良いじゃ[#「良いじゃ」は底本では「良いじや」]ありませんか。あんまり、そんな事気になさらないで、どうか――。
三好 (顔の色を変えている)しかし、そんな、そいつはくない[#「そいつはくない」はママ]。あなたの言う事は――。
[#ここから2字下げ]
(そこへ、やはり下手庭口から、ワンピースにサンダル下駄を突っかけた登美が妙な表情をして、背後を気にしいしい戻って来る。その後から、ボサボサの頭髪にヨレヨレの袷を素肌に着流し、サナダ紐で帯をして煎餅のようにチビた下駄を引きずった若い男(佐田)が入って来る。消耗性の病気にやられている者特有の身体つきと顔の色で歩く足附きなども少しフラフラしている。入って来て立停り、誰にと言う事も無くヒョコリと頭を下げる。……此方の三人は一斉に二人に目をとられ、三好も言葉をとぎらせてしまう)
[#ここで字下げ終わり]
登美 ただ今あ。直ぐ持って来るんですって。(ドンドン上にあがる)
三好 おそいなあ。
登美 だって[#「だって」は底本では「だつて」]……(佐田を頤で示して)……向うで会っちゃって、いいって言うのに、ついていらっしゃるんですもの。
三好 佐田君、どうしたの?
佐田 はあ。……
三好 まあ、あがったら、いいだろう。(佐田黙って縁側の端の方に腰をかける)
浦上 では、これで失礼します。
轟 僕もその辺まで御一緒に[#「御一緒に」は底本では「御一所に」]――。(庭に降りる)
三好 チョット待って下さい! それじゃ僕が困るんだ。僕に迷惑はかけないと言うのは、どう言う事なんです?
浦上 ですから、既にお払いしたお金は無駄になっても、私の方としては致し方が無いと思っていますから――。
三好 そんな、そんな、そんな失敬な……失敬な事を、君、言うのはよせ! 僕あ、乞食じゃ無いんだ。そんな――。
浦上 (少しビックリしている)……だって、あなた、失敬な事を言うつもりは無い……じゃ[#「じゃ」は底本では「じや」]、どうすればいいんでしょう?
三好 どうする? どうするって、……そりゃ、あなたの方がどんな劇団か知らないが、僕も芝居書きだ。わけも無いのに金を恵んで貰う法は無い。そんな――。
浦上 ですから、最初頼んだ私の方に責任は有るんで、それだけの損失は私の方でかぶろうと言っているんですよ。恵むのなんのって、そりゃ、あなたの邪推だ、考え過ぎです。
三好 ……今返せばいいが、五十円はおろか、一円も無いんだ。(ガックリする。が、再び顔を上げて)浦上さん、……お願いだから、ホントの訳を言ってくれないかな? 頼む!
浦上 ですから、何度言っても長過ぎるからと――。
三好 違う! そいつは口実だ。長さは初めから、これでいいと言う事になっていたんだから。脚本がまずいからと言われりゃ、僕だって、それで目がつぶれる。そして今後もっとうまい物を書くように努力します。あなたも人間なら、どうかホントの事を言ってくれ。
浦上 そんな、まずいの、うまいのと言った――。(さすがにムッとしている)
三好 じゃ、誰かが何とか言ったんですか?
浦上 いやあ、別に。
三好 その筋から注意でも受けた――?
浦上 いいえ、別にハッキリと、そんな事も――。もういいじゃありませんか。そんな事を今更言って見ても全体なんになります。言えば言う程、お互いに不愉快な思いをするばかりです。あなたも、こだわり過ぎると思うんだ。
三好 こだわる! こうして僕も戯曲だけを死に身になって書いていりゃ、こだわらざるを得ないんだ。
浦上 ……あなたも、しかし、少し考えて呉れた方がいいと思うんだ。これで、十年前とは違うんですからね。時代が、どうなっているか……芝居がどうなっているか……そいつを掴みそこなえば、元も子も無いわけで――。
三好 え? 時代とは?
浦上 これで、今の時代は、十年を一年にしてグイグイ革新されて行っている世の中だから――。
三好 古いと言うの?……そうかも知れん。しかし、古かろうと新らしかろうと、僕なぞ自分のホントの量見から動き出すんでなけりゃ、一行も書けん。あわを食って、時代の調子に自分を合せようとすることなぞ、どうしても出来ん……。
浦上 いや、そんな事よりも、つまりだな、人民戦線風の考え方では、もう既に時勢のホントのいぶきは掴めない事は事実ですね。
三好 人民戦線? 僕が人民戦線だって? (眼をむいて驚いている)
浦上 いや、あなたがそうだって言うんじゃありませんよ。ただ世間にはいろんな事を言う人が有りましてねえ――。
三好 世間はどうでもいいんだ。あなたの考えを聞いているんだ。
浦上 そんな風に言われたって――。
三好 いや、知りたいんだ。良し悪しに関せず、自分の心得のために。……すると、僕の今度の作品にも、そういう所が有りますか?
浦上 ……いえ、まあ、そんな風に見る向きも有るって事を言っているんですよ。
三好 だから、どこが、どんな風に? 又、どこそこと言うんで無しに、全体が、そんな風な気分で貫かれていると[#「いると」は底本では「ゐると」]言うんですか? 遠慮無く言って下さい。
浦上 別に、それほどハッキリした事じゃ無いんですよ。
三好 しかし、すると、誰が、あなたにそう言いました?
浦上 困るなあ。誰って、別にハッキリした事じゃ――。
三好 じゃハッキリ誰が言ったわけでも無い、又、どこがどんな風に人民戦線と言った事でも無いと言うんですね? それでいて、しかも僕が人民戦線なんですね? こいつは面白い。ハッハハ、ヒヒ!
浦上 そりゃねえ、あなた見たいに言やあ[#「言やあ」は底本では「言ゃあ」]、そうかも知れないけど、社会と言うものは、そんな明瞭な定義附けで以て動いているんじゃ無いからなあ。たとえば、今の時代の全体主義なんて言うものも、別に主義としての定義附けが有って、それに依ってすべてが進んでいるんじゃ無い。この人の抱いている全体主義と、あの人の全体主義とでは、よくよく調べて見れば、まるで違っているかも知れない。ただ一つの言葉ですよ。漠然とした雰囲気と言ってもいい。でもね、それでも、全体主義……主義的気運と言うか、それを中心にした革新の動きは、実際に於て厳然と存在している事は,事実ですよ。
三好 それはそうだ。だがそれとこれとは別だ。全体主義的な革新気運と言うものは、誰が何と言っても、厳然として存在している。ところが一方、出たらめに人を差して言う人民戦線なぞと言うものは、存在
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