て実在していると言う事実は、君の言う通り、馬鹿には出来んかも知れん。……どうだい、小田切さんに会って見るかね?
轟 小田切喬さん――?
三好 うん。世話好きだと言うしね、実は以前に僕もチョットあの人の家で毎月やっている研究会みたいなもんの仲間に紹介されかかった事がある。僕あ、具合が悪くって参加しなかったけど――。劇作家だけで無く、大島や金井などと言う小説家や、新聞関係や劇団関係の人もいるらしいし、何かと便宜が有るだろうと思うんだよ。なんしろ、あれだけの門戸を張って、勢力の有る人だから――。
轟 しかし、そんな事僕には出来ないなあ。第一、小田切さんの作品にホントに感心した事は僕は一度も無いんだ。だのに、その人の前に手を突いて、今更――。
三好 それを言えば、僕だって同じだ。第一、小田切さんはあれはあれで、偉い人だと僕は思っている。行ったらどうだ?
轟 そんな事言わないで下さいよ。僕は、そんな気持で、此処へ通って来ているんじゃ無いんです。僕あ、何はさて置いても、僕の目の前に居る一番大きな、一番尊敬出来る作家と思って、……早く言やあ、あなたに惚れ込んで、こうして指導して貰っているんだ。ほかの事は先ずさておいて、第一義的に、あなたの作品と人間からホントの影響を受けたいと思って来ているんですよ。それだけは、わかって貰わないと困るんだ。話の順序でひどく世間的なことや生活の話ばかり気にしているように取れたかも知れませんが、ホントは、あなたにこうして向き合っている時は、そんな事あ、腹に無いんです! 正真正銘、僕には自分の創作の上で、自分の師と思い、兄とたのめる人は、あなただけだと思っています。でなければ、三年以来紹介も無しに訪ねて来て、頼むなどと言えるもんですか。
三好 いやあ、それは――。
轟 そうなんです! あなたがこれまで書いて来た戯曲の前に出せば、現在のあれやこれやの作家のものを寄せ集めてもですね、小田切さんの物など山と積んでもです、なんだと言う気がします。僕はまちがっているかも知れんが、しかし本気で僕がそう思っている事は事実です。そりゃ、うまいとか、まずいとか言やあ、あなたよりうまい劇作家はいくらでも居る。しかし、僕の言っているのは、戯曲と言うものの中に、打込んでいるあなたの全身的な、いやおう無しの、ノッピキのならない精魂の事なんだ。そいつに、取っつかれて惚れ込めば、もう、蛇に見込まれたのと同じで、もうおしまいなんですよ。それを僕は言っているんだ! 第一、あなたに今見捨てられたら僕はどうなります? いやいや、世間的な事や生活の事では無く、仕事のホントの道筋、芸術の本堂にこれから分け入ろうと言うのに、そいつの手がかりが無くなるんだ。そうなったら、僕あ、こうしてやっていても死ぬにも死にきれない! 世渡りの事や生活の事は、そいっちゃなんだけど、世話してくれる人は、捜せば、ほかに有ります。しかし文学の、この、戯曲の正念場で、人間として、僕のぶつかる相手になってくれる人は、日本広しといえども、あなただけしきゃ居ないと僕は思っているんだ。これだけは解って下さい! そして、そんな冷たい事は言わないで下さいよ。僕の量見がまちがっていたら、かんべんして下さい。あやまります!(懸命に言いながら、畳に両手を突いている)
三好 (弱り果てて)いやいや、俺の言っているのは、そんな事じゃ無いんだ。そんな君、あやまるの何のって……。弱るなあ。だから、それなら、それでいいんだから、一緒に[#「一緒に」は底本では「一所に」]勉強して行こう。実あ僕もその方が、うれしいさ。ただ君の方の事情も事情だから、僕あ――。
轟 (手を上げて)いやあ、どうも、お前なんぞと附き合うのは、もうごめんだと言われたのかと思って、びっくりしちまったんですよ。
[#ここから2字下げ]
(そこへ下手の庭口から、折カバンを下げた浦上豪三が入って来る。俊敏そうな、垢抜けのした洋服姿の三十才位の男)
[#ここで字下げ終わり]
浦上 ……今日は。
三好 (振返って)やあ、おいでなさい。(縁側へ立って来る)どうぞ。
浦上 こんな所から失礼して。(靴を脱ぐ)ベルが鳴らないようですね。……(あがって、手を突いて挨拶をする)先日はどうも失礼しました。
三好 いやあ、こちらこそ。(自分の坐っていた坐ぶとんを裏返して出す)どうぞ、此方へ。
浦上 (室に入る)実はもっと早くあがらなきゃと思っていたんですが、大阪の公演を控えていたもんで、まるきり、暇が無くて――。
三好 いや。……劇団の方、その後うまく行っていますか?
浦上 おかげで、まあ、どうやら……。
三好 ああ(轟に)君、浦上さんまだだっけ?
轟 ズーッとせん、一度此処でお目にかかった事だけは有るんで、僕の方は存じていますけど――。
三好 そう。……(浦上に)浦上さん、これは、やっぱし芝居を書いている友人で轟一夫君。一所懸命にやっている人だからどうか今後よろしくひとつ。……(轟に)浦上豪三さん。
轟 どうかよろしく。
浦上 こちらこそ。たしか、この間、「水の上」と言うのをお書きんなった?
三好 ああ読んでくれた?
浦上 私は忙しくて、途中までなんですが、ほかの者が読んで感心していました。
轟 ありがとうございます。こちらでズーッと見て貰ってるんですが、まだ、ロクな物は書けません。
浦上 いやあ、うち[#「うち」に傍点]あたりでも、いつも本が無くって弱っているんですから、どうか、よろしく。なんかお書けになりましたら、是非お見せ下さるように。
轟 よろしくお願いします。
三好 どうも、お茶も無くて弱った。登美の奴、どこをウロウロしている……。
轟 僕が入れましょう。(気軽に立って、奥へ)
浦上 いえ、どうぞおかまい無く。……(何か言い出しかねてモジモジしている)
三好 僕が言うと何だけど、今の轟、僕の知っている新進の中では今後一番書けそうな男ですよ。少し気永に見ていてやって下さい。
浦上 そりゃ、もう……。(煙草に火をつける)
三好 ところで、僕のやつ、演出は誰にきまりました?
浦上 ……実はそれなんですが。……もっと早く来なくちゃいけなかったわけですけど……なんしろ、まだほかの脚本が全部出そろって無いと言った有様なんで……実にどうも失敬しちゃって――。
三好 いやあ、そいつはお互いだ。やっぱり伊坂君と言う事になりますか? 山口さんと言う手も有るだろうけど、山口さんじゃ、少し小取りまわしが利かんで、力仕事になり過ぎるかな。伊坂君じゃ、小味に過ぎて大劇場には向かんと言う難も有るが、でも結局、トータルから押せば、こいつ、伊坂君のもんでしょうね。
浦上 ええ、うちでも、その点は大体まあ、そんな事を考えていますが……実は、こんな事を今更になって言うと、怒られては困りますが……実は、なにしろ、初め二本立ての予定が三本立てになったもんですから、中幕の時間としては、どうしても一時間しか取れませんので、……いかんせん、あなたの物は少し長過ぎまして――。
三好 へえ? ……でも、それは、そちらでも初めから承知の上で――?
浦上 ですから、大変申しわけの無い次第ですけど……今言った通り、二本立てが三本立てになっちゃったもんで……経営的にやむを得ない理由が有りましてね、どうも、二本立てが否決されちまったんです。……そんなわけで、今更になって甚だ申しわけがありませんが――。
三好 ……刈込むんですか?
浦上 ええ……実はそうも考えて見たんですけど、あなたの前で言っちゃ、なんですけど、さすがにピシッと出来ていて、これ刈込むと言っても、そんな余地は無い。下手をすると、せっかくの良い脚本をぶちこわしてしまう。それでは、うちの芝居の建てまえにも反するし、第一、あんたに対して失礼過ぎる。で、此の際、残念ながら、これは一応保留と言う事にして、なんとか、他に応急策を考えようと皆の意見が――。
[#ここから2字下げ]
(その話の内に轟が茶を入れて出て来て、二人の前に茶を出し、自分も坐って飲む)
[#ここで字下げ終わり]
三好 …………そうですか。……そいでほかに適当な本が――?
浦上 無いんで、困っているんですよ。こう日が迫って来ちゃって、改ためて誰かに頼むと言うわけにも行かず……出来る事なら、多少の無理をしても、あなたの物を予定通りやりたいのは山々ですけど。
三好 ……仮りに刈込むとすれば、どれ位ちぢめれば、やれます?
浦上 それがねえ、あまりひどいんで言いにくいんです……。
三好 言って見て下さい。僕も、あれで以てお宅から金を前借りしているんだし、それが駄目だで、すましては居れんので、出来る事なら、なんとかして上演して貰わんと気が済まない。あれは百五十枚チョットとですが、二十枚位なら刈込めるかも知れませんよ。
浦上 それがねえ、とても、それ位では――。なんしろ、取れる時間が、精一杯で一時間足らずなんで――。
三好 すると、百枚にちぢめても駄目ですね?
浦上 ええ、まあ……。
三好 じゃ八十杖なら、出来ますか?
浦上 それでも少し長過ぎますけど――。
三好 じゃ五十枚なら?
浦上 そうしていただければ、時間の点はいいんですが、そんなに刈込めますかしらん?
三好 ハハ、刈込めませんねえ。いくらなんでも三分の一には出来ないでしょう。そんな脚本は、初めから僕は書いていないつもりですがねえ。
浦上 ですから、ですから、初めにも申した通り、あんまり失礼だからって――。
三好 そいつは、しかし、少し無理と言うもんじゃないかなあ。……戯曲は生き物ですよ。そいつを三分の二だけ、ぶった切って、恰好つけろ。……こいつは、初めっから、出来ないを承知の相談を持ち出して――。
浦上 ですから、一応、これは、あきらめようと――。
三好 ……浦上さん、お願いだから、ホントの事を聞かせてくれませんか。おなじみ甲斐に、歯にきぬを着せない所を。遠慮なく、ひとつ――。どっか、内容的にまずいとか。
浦上 とんでも無い。内容は、うちの皆も全然気に入っているんです。そんなあなた……。
三好 だって初めから、長さはこれ位でよいか、よろしいと言う事でお引受けした物を、今更になってこんな事になれば、そうとしか考えられない。言って下さい。かまわないんです。でないと僕の勉強のためにもならん。第一、のみこめないんだ。
浦上 いえ、ホントに――。ですから、予定がスッカリ変わっちゃって……その点は、私共の不明の致す所で――。
三好 言って下さると、ありがたいんだがなあ。すると、その理由の是非はともかくとして、とにかく納得が行くんだけど。
浦上 ホントに、絶対にホントに、それ以外に理由は無いんですよ。ですから、この際は一応あきらめるとして、その内に又二本立てで公演すると言った折が有れば、その際もう一度改ためて考えて見ようと言っている者も有る位で……。
三好 そうですか。……(青い顔でションボリしている)
浦上 では、一応この原稿はお返しして……(カバンの中から原稿の袋を出して差し出す)どうも――。今日はチョット忙がしいので、いずれ又、近い内に……。
[#ここから2字下げ]
(言っている所へ、下手奥の方で、板敷の床の上に重い物が倒れたらしいドシーン、ガチャーンという音がする。それが静まり返っている広い屋内にこもって響き渡る。三人、ギョッとして聞き耳を立てる。音はそれきりで、あとは再びシーンとなる)
[#ここで字下げ終わり]
轟 ……なんです?
三好 ……チョット……(浦上に言って、ノッソリ立上り、下手奥の方へ室を出て行く。浦上は帰りもならず、暫くモジモジしていたが、やがて諦らめて腰を落着け、煙草に火をつける――間)
轟 ……三好さんの、その脚本、ホントに長過ぎるだけなんですか?
浦上 え?……ええ……まあ……。
轟 あれは、僕も読まして貰いましたけど、物は立派なものなんだから、惜しいなあ。
浦上 ええ、まあ。……ただ少し暗くてねえ。
轟 ……(相手の表情をさぐるようにしながら)……すると、やっぱり、内容としても、まずいと言った風の――?
浦上 いえ
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング