はあん。
三芳 (薄田に)技術者だけが十人ばかり集まって、まあ一種の合資会社みたいな――(大野に)実はそれについて、今日も実はすこしお願いがありまして――。つまり、ネガがなくては、せっかく撮影した作品をプリントできませんし、――そうなると、私たちのような所ですと、たちまち経営が苦しくなってしまいまして――(薄田に)――第一、それではこの際、国家的な損失だと思いますので――はあ、現在、ストックになっておるのは、各地の造船所を撮ったものと、その他、食糧増産のものが二本ばかり――つまり直接、戦力増強に重大な関係のある映画なんですから、一日も早く国民に見せて関心をたかめたいですから――
大野 しかし君、それなら、関係官庁に申請するとか、直接フィルム会社に掛け合えば、なんとかなるだろう? どうせ軍需会社か役所からの話で撮影したものだろう?
三芳 はあ、そりゃ造船所のやつは増産関係で、食糧の方は農林関係の話ですけど、そっちから行っても、ちかごろ、ぜんぜんダメなんです。いえ、帳面ヅラでは廻ってくることになっていても、いよいよとなると途中でほかにもぐっていってしまって。――で、こんどつかまえた時には公定のなん倍かになっているんですから――
大野 しかしそれは或る程度まではしかたがないのじゃないかねえ。つまり実際問題としてはだ、君たちも、つまり、けっきょくは営利事業なんだから。
三芳 もちろんそれは心得ています。しかし、なん倍出しても、とにかく手に入ればいいんですが、それが、なかなかうまくいかないんで――そいで、いつものことではなはだ、なんですけど、先生にですね、報道部のどなたかにお口添えを願って、その方から商工省へ手をまわしたい――と、まあ、こんなふうに考えまして――ひとつ、お願いします。
大野 さあ、どうかなあ……もう、手もだいぶ使ったからねえ――(気のないようすでビールを飲む。その間、ツヤ子は室の隅に立って、時々寄って来ては事務的にビールをつぐ)
三芳 (二度も三度も頭をさげる)ひとつ――どうか――お願いします。でないと、私の方は立ち行きませんし、せっかくの増産映画なので、つまり、国家的な宝の持ちぐされ――
大野 君の方も、だけど、すこしこの、虫が良すぎゃせんか。もうこれで、何度になるかね? 私もあまりなにしていると、変な目で見られる恐れが有るからな。
三芳 それは、しかし、万々先生の方へルイを及ぼすような事は絶対にいたしませんから、どうかひとつ。なにしろ、われわれの方は技術者ばかりで、ただこの文化的に立派な、つまり戦力増強に真に役立つような作品を作りさえすればよかろうと言うんで、経営方面はカラダメでして、がんらい、映画評論やなんかでやってきた私などが、こうして企かくや製作のことで、駆けまわっているありさまなんですからねえ。他は推して知るべしで、たとえば、借りているスタジオの家賃がたまって追い出されそうになったりしてまして――なんとか早くネガを手に入れて金の運転をつけないと、私ども、どうして食って行ってよいか、路頭に迷うことになって――
大野 そりゃ、しかし、そこまでの尻をわしらの方へ持ってこられても、どうしようもないねえ。
薄田 まあ、ええじゃないか大野君、なんとか、はからってやるさ。君たちがつかまえて転向さしてやったんだからなあ、あとのめんどうも見てやらんと、またヨリがもどる。口をきいてやったらいい。
大野 そりゃ、そうですがねえ、あんまり度々で――。それに、とにかく、どんなに小さくとも、営利事業ですからねえ。
薄田 骨折賃はもらうさ。それは当然じゃからね。(三芳に)ハハ、君たちも、この、すこし要領が悪いんじゃないかね? コンミッションというと人聞きが悪いが、自分だけもうけてだな、他にキンテンするということを忘れていては、おもしろい戦さはできんぞ? どうだえ? また、なんだよ、それ位のことに小さくこだわっていて戦力増強の仕事を停滞させるのは、今となっては、かえっていかん。ほとんど、それは罪悪じゃ。すべて大局からみて、国家総力のために役立つと見れば小節にコウデイしたら、いかんよ!
三芳 はあ、あの、それは――失礼ですが――その点は、私どもの間でも――なんです、十分になにして――
大野 そんな事は困る。そんなふうに考えられたら、だなあ――
薄田 まあまあまあ!(と大野をおさえて)いいじゃないか、ね三芳君?
三芳 どうも、ありがとうございます。なにしろ、こいつ、われわれの死活問題なものですから、はあ。どうか、大野先生、よろしくお願いします!
大野 そんな事は、君、問題じゃないんだ! 私の立場としてだな、この、仏の顔も三度と言う――
薄田 よし、きまった! きまった、きまった!ハハハ、よしよし! 大野君、ヤボな顔をするのは、よしたまえ! さあ、さあ一杯(と自らビールを注いでやりながら)あんまり、もったいをつけるな、つけるな!
大野 ワッハッハッハハ!(今までの少し過度なぶっちょうヅラを、まるで幕を切って落したように、ガラリと引っこめて豪傑笑い)ハッハハ、どうも、はや! ハッハハ、こういう憲兵もいるからなあ!
薄田 ハッハハ、皇国の前途、多望と言うべし! いや、冗談じゃないんだぞ、これから、われわれは、こうでなくちゃ、いかんのだ。まじめな話だよ。いいかね、今こうして乗るかそるかの戦争をしておる。戦争というものは、なんでもよいから、勝たなきゃ話にならん。いくら道義の聖戦のと言ったって、負けてしまっちゃサランパンだ。しこうして近代戦というものは金と物量がするんだ。金と物量は、あくまで金と物量であって、つまり物じゃろう? 物質だ。物質はテットウテツビ合理的に動くものである。それを忘れて、道義々々と言いふらしてだな、不合理な事ばかりしている精神家どもが国家をあやうくしよったんだ。いいかね? わしはこれから、そういう意味で、中央に坐りこんでいる石頭どもをすこし教育しようと思っている。
大野 賛成! 大賛成だ! けっこうですそいつは。人間は精神を持ってるが、肉体も持っているんですからな。つまり、みんな慾が有るんだから、そこをねらって――つまり戦争に協力することが、すなわち、その人間の利益になるというふうに動かして行かなくては国家の総力は増大しない! そのへんどうです、ちかごろ、君側の長袖連中などを見ていると、どうも、この、腰抜けというか――
薄田 だからねえ、君! (と酔って三芳に)常に頭をハッキリさせて、やるんだなあハハハ、だってそうじゃないかね、さっきの願書さ、そのそら――それによると、すぐにでも、従軍したいと言ってくる。そうだろう?
三芳 はあ。
薄田 はあじゃないぞ、従軍というのは戦さに行くことだぜ、遊びに行くのとはちがうぞ。それに行きたいと言っていながら、一方において、その活動の仕事のために、フィルムとかを手に入れたいと言ってる。命がけで従軍する人間が、どうして事業がでけるか? え?
三芳 そ、そ、それは、なんです、われわれとしましては、この――(あがってしまっている)
薄田 ハッハハ、もっと、この、おのれに対して正直になるんだねえ。転向者というのは、いつでも、する事が二段がまえ三段がまえで、腹が黒くっていかん! ころんでも唯は起きまいとしている。とがめているんじゃない、やるならやるで、もっと、かしこくやるんだなあ。そんなダラシのない頭じゃ、赤の再建なんぞ、おぼつかないぞ! ワッハハハ。
三芳 ちがいます! そ、そ、中佐殿! ちがいます! そんなふうに、言われる事は、私――このように、誠心誠意、なにしているのを、信じていただけない――残念です! この、この胸を――
大野 (薄田に)いや、この大将など、連中の中では感心なんですよ。とにかく態度がまじめだから。
薄田 そうかね、ハハ、まあまあ、いいさ、こうふんしたもうな、ハハ、ただわしは、どっちが本音だよと言ってるまでだよ。その、フィルムも手に入り、従軍願いも聞きとどけられたら、君の方で困りゃせんかと思ってね――
三芳 (涙をボロボロこぼして)以外です! フィルムの方は、私が、かりに従軍しましても、あとに残った連中が使って、――もちろん、中佐殿、私が従軍が許していただけたらただちに銃を取って、なんです――この、この決意だけは――どうか信じて下さい。ほんとに、私はこの胸の奥を叩き割って、見ていただいて――ヒッ!
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(くやし泣きに泣いて、椅子に坐っておられなくなって、床の上にすべり落ち、頭をさげ両手をつく。――その姿を、ツヤ子が片隅から冷然と眺めている)
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薄田 ハハ、まあいい、君たちは、落ちついて活動でも作っておる。それが一番無事だ。
三芳 (泣き狂いのような調子で)耐えられません! もう、われわれは、こんな、アンカンとして眺めてはいられません。そうではありませんか、アッツ島以来、南方諸島は失陥につぐ失陥、海軍は全滅、琉球もあぶなくなっている! このまま押し進んで行けば、どうなるんです? え? 私どもは、今や銃後にアンカンとして一日の安きを盗んでいられません! わかって下さい! しかも、半年前まで、軍部で言っていた本土空襲に対する、わが空の守りのかんぺきさなど、今となっては、まるきり空手形ではありませんか! 本土はおろか、この東京――この帝国の首都――向うの飛行機など唯一機といえども絶対に入れないと言われていた東京が、もう既に二度、しかも悠々とやられています! 今にして、われわれがわが方の戦力の信ずべからざる事に目ざめて――
薄田 (三芳の言葉の中途から怒り出したのが、この時がまんしきれなくなって[#「なって」は底本では「なつて」])黙りたまい! 何を言うか! それは、従来多少の手ちがいのために、僅かの敵機が潜入して来た事は有ったが、それをもって軍全体に対する信望をうんぬんする事は許さん! そういう事を言う奴は国賊である! そんな事を言いふらして、軍民離間を策する奴は――いや、とにかく、今後、わが空軍は東京周辺二十キロ以内に敵の飛行機の一機半機といえども、ぜったいに入れない!(にぎりこぶしで卓の上を猛烈に叩きつける。卓上のコップやビールびんなどが飛びあがって床の上に落ちる。大野は、その前から、薄田をなだめようと椅子を立っていたが、この勢いに手がつけられず、ポカンとして見ている。三芳は、やっと言い過ぎた事に気がついて、床の上に坐って、ふるえあがっている)
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(間。……その静けさの中に、だしぬけに、遠くから空襲警報のサイレンが鳴りひびいてくる)
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大野 お! (立ちすくむ)
薄田 ウム?……
三芳 ……(チョットきょとんとして大野と薄田を見あげるが、しかし、なにがはじまったのか理解し得ず、さらにまた薄田に向って二度三度と頭をさげる。その額が床板にぶっつかって、ゴトンゴトンと音がする)
ツヤ ……(これだけが冷静に、室の一隅の台の上にのっているラジオの方へ行き、スイッチを入れる)
ラジオの声 ……(せっぱくした語調。ただし、情報の途中からだし、サイレンの音にじゃまされて完全には聞きとれない)――大型機に誘導されたる大編隊――大編隊――大編隊――西南方より帝都上空に侵入しつつあり――西南方より――帝都上空に侵入しつつあり――くりかえします――大型機に誘導されたる大編隊――西南方より帝都上空に侵入――ガーガーガァ、ピッピ、ピッピ、ガァガァ――ワァワァワァ、ブー、帝都――(そこでプツンと切れてしまう。かなり離れた所で発射された高射砲のひびき)
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(と同時に、それまで立ちすくんでいた大野が兎が飛ぶようにフランス窓の所へ出て来て、その前の防空壕に飛び込む。それを見て三芳がヒョロヒョロしながら立ちあがり、途中で膝の力がぬけて、前につんのめって這ったりしながら、壕の方へ。それまで椅子の中で眼をむいていた薄田が、この時ユックリ立ちあがって、故意に落着いた足どりで二三歩あゆむが、にわかに尻に火が附
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