不じんにほかの国を侵略するのを、みんなが黙つて見送つてなぞいない世界だ。
次郎 それこそ夢みてえな理想論だ。だら、現に朝鮮はどうだや? いやさ、しよつぱなに攻めこんだのが北鮮だか南鮮だか俺あ知らねえ。けんど、とにかくどつちかが攻めこんでよ、それを押し返そうと言うんで戦さになつてることを俺あ言つてんだ。それをさ国際連合つうもんが有つても、どうにも片づけることが出来ねえでいるんだ。ちようど、喜十のおじさんの事件を、村会でも、部落会でも片づけられねえでいるのと、まるで同じだねえか。もうあとは実力でもつてぶつくらわすか、ぶつくらわされるかだけしきや残つていねえじやねえか。
新一 わからねえなあ、こやつも! そりやあな、日本が今本当の独立国なら、自分を守るための軍備持つてもよからず。しかし、今日本には、アメリカの軍事基地がいつぱい有るんだぞ。そこい日本が軍隊持つてだな、もしアメリカとほかの国が戦争になれば、日本軍はアメリカ軍に一人手に組み入れられるんだ。すれば、ヘタをすると日本の軍隊はアメリカのために戦わねばならんくならんとも限らんのだ。そんな事も考えねえで、自分一人が国を愛しているように思つてるのは、まるで豚の頭だ。
次郎 豚の頭だろうと犬の頭だろうと、大きなお世話だ。へつお前がそんなえらそうな事言つておれるのは、お前んちじや足りるだけの田地が有つてよ、そんでお前はそこの総領で、しかも会社で月給取つてる、つまりがお大じんだからだ! へつ、俺みてえに貧乏な百姓の、ひやめし次男だとか、喜十のおじさんみてえな人間は、そんな悠長なゴタク並べてはおれねえだ!
新一 ゴタクと? 野郎つ! (ビシツと一つなぐる)言わして置くと――
次郎 やつたな!
サダ (ガタガタと、とめに割つて入る)これさつ! なによするの、あんた方! よしなもう!
せん (これもとめながら)なんてこつた、ま! イトコ同士でいて、そんなお前がた! 新ちやん、なぐるというなよくねえ!
新一 ちしようめ!
りき (大きな声)やらして置け! 取つ組み合いでも、やつて見ろ! (それで、騒ぎがピタリと止んで静かになる)………見ろ新一、兵隊はよくねえ、戦争はよくねえと言つてるおのしが、そう言つてる口の下から手え出して次郎をなぐつたぞ。
新一 だつてあんまり人をナメタ事ぬかすから――
りき 同じこんだ。りこうぶつた事言つても、お前も次郎も同じこんだ。どつちもおらの孫だけあつてバカスケだ。
森山 んだけんど、なんでやすよ、こんな若いしたちにして見りや、こんだ又戦争にでもなりや直接自分たちが引つぱり出されるんじやから、軍備問題ではムキにもなる道理でやすねえ。
りき さようさ、困つたもんだ。……(寂しそうなシヤガレた声で)次郎、そんでお前がおらに相談に来たつうのは、そいつたような気持で東京さ行きたいというのかえ?
次郎 ……うん、家に居ても、この先、しようねえから――
りき そうか。……
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(永い間。……シーンとした中に火じろの火のはぜる音と、柱時計のカツ、カツ、カツと刻む音)
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りき ……喜十よ、お前がなあ、村八分になりかかつとるについては、お前の方からは金五郎にも村の衆にも悪い事はなんにもしなかつただな?
喜十 こんりんざい、俺の方で悪い事はしたおぼえ無えです。
りき お前は馬鹿正直の善《え》え人間だ。そりや俺が知つとる。だどもどんな善え人間でも自分じや気が附かねえで、人の気い悪くするような事するもんだ。
森山 だけんど、わしなんども方々問合わしたが、喜十さんの方にそんな事あ無えでさあ。そのおとどしの選挙の時の須山さんの買収をサシたの喜十さんだつたと言うのも濡れぎぬだ。第一、こんな人がそんな出過ぎた真似をするかしないか、誰が考えてもわかる筈だに、ツイ芹沢の口車にのつてなんとなくそういう事になつちやつてるのでやす。
りき ……たしかに、喜十よ、悪い事しねかつたというの嘘じやねえな?
喜十 俺あへえ、たとえ神さまの前で嘘つく事あつても、ばさまの前で嘘あ、つきやせん。
りき よし、よからず、んじや。ならば、お前は喜こんどれ、そんで、ええ。自分は幸せもんじやと思つて喜こんどりや、それでええのよ。
喜十 へい?
りき 村八分になろうと七分になろうと、そつたらこと捨てて置いて百姓しろ。そうだらず? 今どき人さまに対して悪い事を一つもしねえで過して行けるというのは、大した事だぞ。自分がそれ知つてれば、それでいゝじやねえかよ。こんな満足な事あ無えんじやから、満足してればよからず。第一、村のもんが今いくらお前をイジメにかかつても、人間わけも無えことを、そういつまでもやれるもんで無え。今に飽きて、忘れつちまわあ。
喜十 ちがいやす。あんまりシツツコク、忘れねえで俺のことイジメるから――
りき ちがう! アベコベだ。忘れねえのはお前の方だ。お前が、うらめしいうらめしいと思つて忘れねえから、先方も忘れねえだ。
次郎 だども、そんじや、おじさんの方は、どんなひどい目に逢つてても、イジメられつぱなしになつていなきやならねえのかい?
りき まあ/\、俺に委せておけ。
新一 村八分なんていう、そんな封建的な事、間ちがつてるよ!
りき はは、そつたら理屈言つても、俺にわかるもんかよ。ただなあ、人間早まつちやならねえ。喜十はイジメられてるイジメられてると言うが、その喜十や森山さんの言う事嘘たあ思わねえが、話ばようく聞いていると、そん中でホントにあつた現なまの事というと、水口がへずられるという事一つきりだ。だらず? 配給を抜かされることも、祭りの寄附のことも、附き合いはずれの事も、そのほか、みんな、その時々の話の行きちがいかも知れねえし、こつちの思い過しかも知れねえ。すべてアヤフヤなこんだ。事がグレハマになる時は、そうた事が次ぎ/\と起きるもんだ。それをこつちが、年中いじめられるいじめられると思う気があるもんで、一つ/\曲つて取る。人間は自分が嘘つくつもりは無くとも嘘をつく事だつてあらあ。はは、家のじさまが一度キツネにだまされた事あつてな、小諸の親戚の祝儀へ行つての帰りに、こゝの上まで戻つて来てんのに、どうしても家へ入れねえつうんで、大声はりあげたんで、出て見ると坂の上でグル/\ひとつ所ば廻つていてなあ、俺が行つてやつと連れもどしたが、俺の顔見てもまだキツネにばかされていると言つてたつけ。なあに、段々聞くと、悪い地酒をサンザ飲んで、そこへサバずしの少し腐つたやつを食つて、油に酔つちやつて頭が少しどうかしていたのよ。当人は、それをキツネにばかされたと言つて、今でもそう思つてら。はは、人間は、おかしなもんで、自分で自分をばかすもんよ。キツネからはバカされないでも、自分からばかされる。はは、俺なんざ、うぬが馬鹿じやし、馬鹿のくせにズルイからのし、自分の眼で見るまでは、人の話なぞメツタ信用しねえや。その水口へずられる話にしたつて、金五郎がやつた事かどうか、わかつたもんで無え。
喜十 だども、ばさま――
りき サダよ、わらじ一足出せ。
サダ わらじと? なんにしやす?
りき わらじをなんにするものだ。――おらがはいて行かあ。
サダ へえ、どこさ行くの?
りき 海の口まで、ちよつくら行つてくら。
森山 へい、するつうと――?
りき お前さまがたといつしよに行つて、喜十の言うのが本当かどうか見てみやんしよう。都合で須山のおだんなや芹沢の金五郎と逢つて見べえ。
森山 そうでやすか! そうお願いできれば、もうへえ、ばさまに乗り出していただければ、イサもクサも無え、事は片づきやす。こいつは、ありがてえ!
喜十 ばさま、俺あ、へえ、なんにも言わねえ。こん通りだ!
りき へん、礼を言うなあ、まだ早えや。まだ誰もおのしの身方すると言つちやいねえ。行つて見て、もしおのしがまちがつていたら、おのしをやつつけてやるから、そう思え!
喜十 けつこうでやす。ひやあ、ありがてえ!
りき もし先方がまちがつていたら、先方をやつけてやらず。ははは、そいつは冗談だ。つまりはこの白髪頭ヘコ/\さげて頼んで廻るだけの事だあ。
次郎 俺もいつしよに附いて行かあ!
新一 俺も行く。
りき よせ/\、お前だちは川上からまつ直ぐに家さ帰れ。
せん んだけど、ばさま、そつたら足元から鳥が立つように急がずとも――
りき なに、こんな事あ早い方がええ。
サダ あい、わらじ。たびは、え?
りき たびは、いらん。(わらじの紐をしごきながら)そうだ、次郎の相談だつたなあ。東京さ出るんだと?
次郎 うん。
新一 出るだけならいいさ。けど次郎は予備隊へ入るんだなんて言うから、俺あ反対してんだ。予備隊というのは今後軍隊みてえになるらしいんだ。
りき ほうか、軍隊か? (わらじをはきながら)
次郎 それでも俺あいいんだ。新ちやんは軍備に反対だからそう言うが、俺あ反対じや無えからな、国を守るために必要なら、俺あ喜こんで兵隊になりたいんだからな。
りき そうか。……なんやら、そんな理屈は俺にやわからねえが、次郎は、すると、どうしても東京さ出てえのか?
次郎 うん、出てえ。
りき そうか。そんなら、出ろ。若い時あ二度無え。人間、自分がホントにしたいと思う事するのが一番だ。はたの人間が何を言おうと、うぬがようく、うぬの胸に手を当てて考えて、何でもええから一番してえと思うことを、いつしよけんめいやつて見ることだ。すれば、たとえしくじつたつて悔むこたあ無え。東京さ行け。そいで、うまく行かなかつたら又もどつて来い。
次郎 ……うん。いや、そうだねえよ。ホントは俺、東京なんどへ出たくは無え。俺あ、へえ百姓が一番向いてるし、百姓やつていてえんだ。けど、家さ居ても、家の田地はそうでなくても足りねえのに、次男の俺がいると分家なんつ事になると家は立ち行かねえし、兄《にい》ちやんも可愛そうで、ちかごろ俺、兄ちやんの顔見てるの、たまらねえんだ。
りき ……なんだ、そうかよ。……そんだら、東京なんどへ出るの、やめろ。なあんだ、そうか――そんなら、やめろ/\。田地の足りねえのは困りもんだが、なに、俺がチヤンとええようにしてやらず。親戚中から少しずつ譲つてもらつても二段やそこらは集まるべし。じさまとおらが死んだら、この下のタンボの一枚ぐれえ、てめえにくれてやらあ。
次郎 ……ありがとう、ばさま。
りき なあによ泣きさらす? 娘つこじやあるめえし、メソメソするの俺あ大きれえだ。
森山 (これも足ごしらえをしながら)だけんど、なんでやすねえ、現在この、農家の次男三男の問題は、こいで大きい問題でやすよ。結局は土地が足りねえからね、いくら農地改革やつてもホントの解決にはならねえ。人口問題をなんとかするとしても急の間には合わねえとなると、こいつ、国内だけではどうしても片づかねえ問題で。喜十さんの問題なんずも一番の大根《おおね》の原因は田地が足りねえ所から来てるだから。
りき さようさ、どうすればいいだか。
森山 外国でもこの点は早く考えてくれて、どつか移民さしてくれるとか、してくれねえと――
りき うん。いずれはそうお願えするほかに無えようだなし。
森山 この前の戦争にしたつて、そら、日本のした戦争は間違つていたけんど、その原因の一つには、たしかにこの土地が足りねえ、満洲へんに出抜けねえば、どうにもこうにも、やつてけねえつう事もあつたんだからなし。これを又うつちやつとくと、いろいろにこぐらかつて来やすよ。新一つあんや次郎さんみてえな若いしたちが、やれ再軍備だ、再軍備反対だなんぞとカツカとなつて考えるようになつて来てるのも、そこらと関係のあることで、気持だけは、ようくわかるなあ。
りき さようさ。だども、軍備はいけねえよ、もう兵隊こさえちや、ならねえ。
次郎 え? 軍備は、いけねえの、ばさま?
りき いけねえ。(極くあつさりした言い方)
次郎 ……すると、外国から攻めて来たら、どうすんだ?
りき 攻めてくると誰が言つた?
次郎 誰も言やあ
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