しねえけどさ、もし来たら、手をあげて取らすんか?
りき そつたら事、俺あ知らねえ。それにこいつは日本国全体のことだ。俺なんずのクソ婆あが、アレコレ言つたとてなんになる? もつと賢い衆が、うまくやつてほしいや。だども兵隊は、もう、こさえちやならねえ。……こねえだの戦争で、俺あ息子を四人兵隊に出して二人とられた。……悔んじやいねえ俺あ、それを。あたりめえずら、それぐれえ。……んだが、息子二人とられて見ろ、楽じや無え。……その俺が言うんだ。言つてもよからず?……兵隊はもう、どんな兵隊も、こさえちや、ならねえ。
次郎 ……だども――
りき だどももヘチマも無え。理屈をつけりや、どんな事にも理屈はつかあ。軍備した方がええという考えにも、しねえ方がええという考にも、それぞれ理屈はあるべし。両方に良い事も有りや悪い事もあらあ。それをハカリにかけて較べていたんではきりが無え。大事なこたあ、これが一番だと思つたら――これが一番ホントだと見きわめ附いたら、ほかのグジヤ/\した事、一切合切、スペツとかなぐり捨てゝ、そいつをやる事だ。そんために出来てくる困つた事あ、又なんとかすればなんとかしようがあらあ。去年なあ、板橋のお兼婆あが、腸が悪くて悪くて、どんな養生しても、町のお医者に三人も四人もかゝつて薬浴びるほど飲んでも治らねえ。しまいに拜み屋さまに凝つても、まだいけねえ、ガンだガンだつうので泣いてたつけ。俺あ見舞いに行つてよ、よく/\気いつけて見ていたらば、お兼婆あ、アズキがじようぶ好きでな、なんかと言つちや、アンコにしたりオヤキにつけたり、カユにたきこんだりして朝晩に食つてら。アズキというもんは通じのつくもんでな、婆あそれ知つてるくせに、好きだもんで、いろんな理屈つけちや、かかさず食つてら。そんで俺が、いきなりアズキを取り上げた。つれえといつて、初めは婆あめ、わめきやがつた。そやつて半月たつたら、腸の悪いの、なめて取つたように治つちやつた。はは。……かんじんのてめえの命がおしかつたら、いけねえもなあ、きれいサツパリやめる事だ。
次郎 ……するつうと、ばさまは、よその軍隊が攻めこんで来ても抵抗しねえのか?
りき 抵抗たあ、なんだ?
次郎 刃むかわねえかというんだ?
りき さあなあ。そら、人間だから、わからねえ、そん時になつて見ねば、うぬが目の前で同じ日本人がドンドン殺されたりすれば、おおきに、こんで、出刃ぼうちよう持つてでも刃むかわずにやいられめえ。
次郎 そんだら、もうそうなつたら、手おくれだねえか! 殺されるだけだ。
りき 手おくれでも、しよう無えよ。まだしも人を殺すよか、人から殺される方がええぞ。殺される方が手おくれならば、殺す方は、もつと手おくれだらず? 地獄に落ちつぱなしになるだけだ、そんな奴あ。かんじんの事は、人を殺すのは悪いという事だ。だらず? 悪い事あ、しちやならねえ! 悪い事あ、しちやならねえ! 悪い事あしちやならねえつ!
サダ なんとまあ、大きな声よ。耳が、ガン/\いわあ!
りき はは! 俺にわかることは、そんだけだ。バカだから、その余の事あ、知らねえ。賢い衆が、余の事あ、うまくやつて欲しい。悪い事あ、しちやならねえ! (わらじをはき終つた両足でドンドンと土間をふみこころみる)喜十よ、さあ行くべし!
喜十 へい!
サダ はは、はは!
せん ふふ!

[#ここから2字下げ]
(一同が、軽く笑いながら、出て行く人たちが立つて歩き出す気配。どこかで、けたたましいモズの声)
[#ここで字下げ終わり]



底本:「破れわらじ」ラジオ・ドラマ新書2、宝文館
   1954(昭和29)年12月25日第1刷発行
※拗音、促音が小書きされていないのは底本通りです。
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年1月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネツトの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング