ぼたもち
三好十郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)入会《いりあい》

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(例)まあ/\
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おりき
新一
次郎
サダ
喜十
森山
おせん
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新一 そうじやねえよ!
次郎 そうだよ!
新一 そうじやねえよ!
次郎 そうだよつ!
新一 そうじやねえつたら!
次郎 そうだい!
新一 そうじやねえつたら、馬鹿!
次郎 馬鹿でも阿呆でも、そうだからそうだねえかよ!
新一 ちつ、次郎なんぞになにがわかるもんだ!
次郎 へつ、そんじや、新ちやんはなんでもかんでもわかるのけえ?
新一 なんでもかんでもと誰が言つた? ただそうじやねえからそうじやねえと言つてるまでじやねえか。
次郎 んだからよ。おらあ、そうだからそうだと言つてるまでだ。てめえ一人が真理みてえなツラしてエバるこたあねえずら。
新一 真理みてえなツラ、いつした? そうじやねえつて、ただ俺あ――
次郎 わからねえなあ新ちやんも!
新一 わからねえのは次郎の方じやねえか!
次郎 んだから、この簡単明瞭な事実をだなあ、へえ――
新一 だから、事実そうじや無えじやねえか!
次郎 そんな事あ無えよつ! そうなんだ! そうだから、そうだよ!

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(――いきなりほとんど喧嘩のような怒鳴り声ではじまつた二人の青年の口論は、もう相当の時間つづいて来たものである。山奥の小みちを歩きながらの口論、二人のズボンが両側の草をこすつたり、足が道を埋めた枯枝を踏みしだく音に、時どき鋭どい小鳥の鳴声が、遠近に冴えて響く)
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新一 そうじやねえつたら! 次郎はあんまり狭く、自分の境遇にとじこめられてばつかり考えるから、そうなるんだ! もつと、へえ、広く今の世の中のこと見てみたらどうなんだ?
次郎 広く見てりやこそ、そうだつて俺あ言つてんだ! 人間だれだつて、ふだん考えてる時あ他人と喧嘩してえと思つてる者あ一人もねえさ。だのに喧嘩あ、やつぱしやらかすだ、だらず? だら、そこから出発してだなあ――
新一 ちがう! そりや喧嘩はするよ誰だつて。んだけど、そいつあ、カーツとなつた時の、つまりまちがいで、人間のふだんの状態じやねえさ。そのまちがいを元にしてだな、年中喧嘩の仕度をしてなきやならんと、お前言つてんだ。
次郎 喧嘩あ、まちがいにしろだ、そんなまちがいが多過ぎることを俺あ言つてんだ! そんだら、そいつはまちがいでは無くつて、人間はもともとそうだつて事なんだ。これまでもそうだつたし、これからもそうだ! でなかつたら、原子爆弾を早く多くこさえようと競争なんぞ、どうしてしるだ? え?
新一 だつて、そりや、それとこれとは話が――
次郎 ちがやあしねえ、同じ事だねえか! そんで、どうせそうならば、つまりそれが今の実際の事ならばだ、そこんとこから自分の考えを決めるのが本当だと俺あ言つてるまでだ。第一、お前がそんな理想みてえな事言つて屁りくつこねたり出来るのは、新ちやんが工業学校なんぞ出してもらつて、本なんぞも、いつぺえ読んだりよ、今じや甲府の工場につとめて立派な月給とつたりしているからだ。
新一 そんじや、次郎だつて家へそう言つて学校行くようにしたらいいじやねえか!
次郎 それが出来ればこんなこと誰が言うもんだ! タンボと畑で合せて三段ちよつとに、雑木の山が二段しか無くて一家七人、食つて行くのがヤツトだねえかよ。へえ、そこの次男坊主の冷めしぞうりだ俺あ。
新一 学校に行けなくとも自分で本読んで勉強できるよ。
次郎 本読む時間がどこにあるだ? 三百六十五日、夜なべまでやつてんだぞ、そうでなくとも兄ちやんなど今に相続の時が来ると俺にもチツトは田地を分けてやらざならねえ、家じや立ち行かなくなる、それ考えて今から青くなつてるのがチヤンとわからあ。俺が東京さ出ようと思うのが、どこがいけねえ?
新一 いけねえとは言わねえけどさ、お前が警察予備隊に入るだなんと言うからさ――
次郎 へん、新ちやんなんぞ、今では特権階級だかんなあ。それに町の工場に行つたりして共産党かなんかにカブレたアンベエずら。だからそんな――
新一 なんだと! 俺がなんで特権階級だ? へんな事ぬかすと、きかんぞ! 第一、警察予備隊に反対するだけで、なんで共産党にカブレたことになるんだ?
次郎 そうだねえか、よー、思い出して見ろ、新ちやんは戦争中、まだ年も足りねえのに少年航空兵に志願するんだと言つて、じようぶあばれたというじやねえか。ずら?
新一 あれは、あん時は、あんな事は俺がまちがつていたんだ。
次郎 まちがつちやいねえよ! 戦争はまちがつていたかも知れねえが、国のために働こうとした新ちやんの気持はまちがつていやあしねかつたと俺あ思う。
新一 まちがつていたと言つたら! まちがつていたんだ!
次郎 仮にまちがつていたとしても、そいつは、あとから、今こうなつたから言えることだよ! ウヌがその場に立つて見ればその時の考えでやつて行くよりしようが無え。警察予備隊にしたつて――
新一 ウソこけ! 次郎は家にいても先きの見こみが無えから予備隊に入ろうと思つているだねえか! 
次郎 そうさ、それもある。それもあるけど、お前が戦争中少年航空兵になろうと思つたと同じ気持もあんだ! 同じ働らくなら国のために、この――
新一 国のために、なんでなるんだ? そつたら考え自体が反動だ!
次郎 それ見ろ、自分が以前した事は棚の上にのせといて人のことをやつける! おおよ、俺が反動なら、お前は猿だ!
新一 さ、猿だと!
次郎 そうよ、うぬが尻の赤いのを忘れて人の尻を笑う猿だ!
新一 野郎、言つたな!
次郎 言つたがどうした?

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(……二人が睨み合つて立ちはだかつている崖道へ、下方の谷の方から若い女の声が、呼びかける)
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サダ よおーい! そこに来たのは新ちやんに次郎ちやんじやねえかよう! (二人そちらを見るが、又睨み合つて、返事をしない)…… そんな所に突つ立つて、なによしてるだあ? 早う、おりてこう!
新一 ちきしようめ、なまいきな――(と口の中で言つてから、下へ向つて呼ぶ)おおい、サダちやんよう!

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(ザザザと足音をさせて坂道を走りおりて行く)
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次郎 へつ! (下へ向つて)サダちやあん!

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(これもダダダと走りおりて行く)
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サダ あらあら! そんな走ると、ころげ落ちるよう!

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(言葉のうちにマイク急速にサダに近づいている)
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新一 今日あ、サダちやん!
サダ あい、おいでなんし。どうしたの、あんな所で二人で突つ立つて? (笑い声で)タキギ取りに出て来たら、上の方でなんやら喧嘩のような声するんでヒヨイと見たら――どうしたん?
新一 次郎があんまりわからねえ事言うもんだ。
次郎 わからねえのは新ちやんだねえかよ!
サダ ふふ、甲州の栃沢と中込の栃沢が久しぶり逢つて、たちまち喧嘩おつぱじめても、しようねえずら。さあ、家さ入ろうよ。やれ、どつこいしよと。(とタキギの束を抱えて庭場を斜めに歩き出す。二人の青年もそれに従う)ズーツと二人でともなつて来やしたの?
新一 ううん、俺あ野辺山でおりて、オサキの追分の地蔵さんとこまで来て休んでたら、次郎がヒヨツクり。
サダ そうかや。
次郎 ばさま、いるの?
サダ うん、いる。今、お客だ。海の口の喜十さんつう人と、農事指導員の森山さんと、それを案内して川上のおせん伯母さん来てる。
新一 じさまは?
サダ 半月ばつか川上の家だ。ここんとこ、だから、おらとばさま二人つきりだ。こんな山奥の一軒屋だかんなあ、人が来ると、うれしくてなあ。(家の土間に入る)
せん (あがりはなから)え、あんだえ? あれま、甲州の新一ちやんと中込の次郎ちやんでねえかよ!
新一 伯母さん、今日は。
次郎 いいあんばいです。
せん さあさ、あがりなんし。(おりきに)ばさま、今日は大入満員だ。孫が三人そろいやした。
りき よう来た。甲州でも中込でも、みんな変りねえか?
新一 うん。おつかあが、ばさまに分けてもらつて、開こんに植えたダンシヤクよく出来たから礼言つといてくれと。
りき そうか、そら、よかつた。
新一 これ、お茶だ、ばさまと約束してあつた。月給もらつたから直ぐ買つて持つて来た。
りき そら、ありがてえ。ちようど四五日前から切れちやつてなあ。茶あ飲めねえと、なさけなくてなあ。ほう、月給で買つて来たかや?
森山 新一さんとも久しぶりだ。はは、おぼえていやすかい、おかいこの指導で一二度甲州へ行つた森山でやすよ。
新一 おぼえていやす。今日は。
りき 次郎も突つ立てねえで、こゝさ坐れ。
次郎 うん。……これ、おつかあが。
りき あんだ?
次郎 餅だ。この秋出来の餅米を、ばさまにお初穂につて、ちつとべ調製して、おつかと俺で今朝ついた。
りき そうかや。そいつは、かたじけねえ。お茶と餅がいつぺんに湧いて来やがつた。あつらえたみてえだ、はは、サダよ、さつそくだあ、茶を入れろ。
サダ (少し離れた土間の隅でガチヤガチヤ茶わんの音をさせながら)あい。
森山 すると、これが中込の松造さんとこの、へえい、こんな立派な総領がいたかなあ?
せん 総領だあねえ、二番目でやすよ。
森山 へ? そいつは二度びつくりだ。そうかね。いやどうも、うぬが年い拾つてることは気がつかねえで、若えしの大きくなるにや、たまげてばかりだ。はは!
せん ははは。
りき どうした、次郎は?
次郎 うん?
りき なんで、浮かねえツラあしてる?
次郎 ううん。
サダ (土間を歩いて来ながら笑いを含んで)つれ立つて来ながら次郎ちやんと新一ちやん、そこの坂の上で掴み合いの喧嘩やらかしそうにしてたよ。
せん へん、そりや又、なんでな?
次郎 俺、ばさまに相談に来たんだ。その事を新ちやんに話したら、俺のこと、馬鹿だつてんで――
新一 そうじやねえよ、俺の言うのは。
りき よしよし、んで、どんな事だ、言つて見ろ。
次郎 ……あとで言わ。
森山 おらだちに遠慮はいらねえよ。
次郎 ううん、あとでええです。
りき まあ、よからず、ユツクリあすんで行け。……
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(森山と、だまりこくつている喜十に)
するつうと、なにかね、芹沢の金五郎は、どうしても折れようとはしねえつうんだね?
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森山 へい、だめでやすね、まあ。さつきから申した通り、これが昨日や今日の事で無え。さしあたりはおとどしの総選挙の時に海の口の須山さんが買収問題であぶなくなつた。あん時の、そいつを警察に言いつけたのが村で三四人いたらしい、その一人がこの喜十さんだと須山の方で睨んだらしいだね。そんでまあ、芹沢じや、昔つから、須山さんの子分みてえにしてるから、須山からそう言われて喜十さんちをイビリにかゝつたと言うわけだ。もつと前にさかのぼれば、戦争中、喜十さんちで須山さんから、借りて作つていたタンボを須山で取り返しにかかつて、喜十さんちでは、そうなれば立ち行かねえから甲州へ国越えをするだの、娘売りこかして稼がせるのと騒いだ事がありやんしよう。たしか、ばさまが、わざわざ
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