口きいてくだすつて、須山ではタンボ取上げるの思いとゞまつて、丸くおさまつた。やしたね?
りき そんな事が、あつたかなあ。
森山 ありやした。そん時、その喜十さんとこから取り返したタンボを、実は芹沢で直ぐ借りて小作する話になつていたんだなあ。だども、ばさまに乗り出されては須山さんも不承しねえわけに行かなかつた。さあ、芹沢じや当てがはずれて、喜十さんとこ、目の敵にしだした。それ以来、事ごとにイザコザで、積り積つて来たやつだ。根が深いんでやす。そこへ、こんだ分譲地の水口の問題で、とうどう爆発しちやつた。わしらとしても見すごしちやおれなくなりやしてね。いえさ、これが金五郎と、喜十さんち、つまり隣り同士の争いだけなら、村にやよくあることで、どんなに両方でシノギを削ろうと、はたで何か言うべきこつちや無えかもしれません。だけど芹沢の方じや近所の家を抱きこんで、喜十さんとこを村八分にしろだなんて、寄合いを開いたりして、事実上、村では喜十さんとことは誰一人附き合わなくなりやした。こうなると、村全体の問題でやすからね。わしらもいろいろ口きいて見たが、芹沢じや、なんとしてもウンと言わねえ、ホトホト手を焼きやした。村会でも問題になつたが、芹沢の方は金もあるし勢力もある。第一須山さんが附いてるんで、みんな遠慮して引つこんでいやす。そんでまあ、ひとつ、ばさまに相談して見ずと思いやして、わしもへえ、出しやばるわけでは無えが指導員なんぞしてればこんな事心配でやすからね、こうしてまあ、喜十さんといつしよに……おせんさんのおかみさんが、ちようど味噌うとどけに行くと言うんで、つれなつて来ていただきやしたようなわけで――
せん その話は、おらも聞きやした。海の口の事が川上まで伝わつてくる程じやから、よつぽどのなんでやすねえ、喜十さんも大変だなし。
喜十 ……へい。
森山 このシが又、この調子で言うべき事も言つてくれねえので、なおのこと事が行きづまるんでやす。どうして、こう口をきかねえんだか、ことに腹あ立てたとなると、まるでへえ、石つころになつちまうだから。なあ、喜十さんよ?
喜十 へい。
森山 へい、か。どうも、へえ――
りき はは、なあに、おらが口きかせて見べえ、やい喜十!
喜十 へい。
りき お前、そんで、金五郎が憎いか?
喜十 憎くは無え。憎くは無えが――(と、老農夫に間々ある黙狂と言つたふうの、タドタドしい、すこし辻つまの合わぬような調子で)死ぬよりつらいんでやす、ばさま。そんで、このまゝで行きや、じようぶ、死ぬのは、わかりきつているんじやから。
りき 死ぬと? おのしがか?
喜十 俺なら、まだえゝよ。タンボだ。
りき ハツキリ言え。タンボが死ぬと?
喜十 そんだ。水口、一寸二寸とへずられてよ、水が切れりやタンボは死ぬだねえかよ。
りき 水口をへずるのか?……そんで、それを、金五郎がへずるのか?
喜十 現場あ見たこと無え。けんど、俺が築いときや、夜のうちに、又あ、鍬でもつて、へずりやがら。又築くと、又へずる。この夏中で十五六度もだ。ふんづらまえてやろうと思つて、アゼのかげに、寝て待つていた事もあるが、そういう晩は来やがらねえ。餓鬼い使つて探偵しているだから、俺が待つてるの、わからあ。そんなに俺んちが憎ければ、なんで、へえ、おおつぴらに俺とこさやつて来て、この頭あ、ゲンノウでもつて叩き割らねえ? その方が、よつぽどマシだあ。
せん ほんになあ! タンボの虫と言われた喜十さんだからなあ、そう思うのも無理あねえよ!
りき 阿呆ぬかせ、頭あ叩き割れば、それこそ、おつ死ぬべし!
喜十 阿呆だ俺あ。タンボの事知つてるだけで、ほかの事あカイモク知りやせん。金五郎が、んだから、俺のこと馬鹿にしても異論は無え。……、なんで、俺のタンボから水う取り上げようとさらすんだ? よ? それ聞こうでねえかい! (ドンドンと、畳を叩く)
森山 まあさ、そうイキリ立つても、金五郎は、此所にやいねえ。
喜十 だつてそうでねえか! 戦争すんで農地改革つうので、爪に火いとぼすようにして、金え拵えてよ、もとの入会《いりあい》分譲してもらつて、やつとまあ、これで小さいながら田地持ちの百姓だと、お前さま、勇んで稼いでるもんに、こんな事する奴、鬼だねえか!
森山 また、よりによつて隣り同士であんだけ仲の悪い芹沢と喜十さん、分譲地まで隣り合つちまつたもんだ。
せん ほんによ、因果だなあ!
喜十 鬼だねえか! どうしてこれが我慢していられるもんだ、ばさま! (ドンドンと畳を叩く)
りき わかつたわかつた。そう畳ぶつな、ホコリが立つていけねえ。見ろま!
喜十 それもなあ、金五郎からアダを受けるだけなら、まだええ。かやつの家と俺ちとは永え間のモツレでのし、あいだにや、俺の方が悪い事だつてあつたずら、人間、お互いだから、それもいいと眼えつぶる法もあらあ。村の衆のことよ、俺の言うなあ。金五郎に種え分けてもらつたり、中にや金え握らされたり、それでなくてもあやつは須山の旦那あ笠に着て顔が良いから、それにオベツカする、みーんな俺んちのことアダをしやがら!
森山 かげじや、しかし、喜十さんの方に同情しているもんも相当あるよ。
喜十 かげで同情してくれたつて、なんになりやす? この秋あ、お祭りにも俺だけノケモンだ。よそのうち同様に寄附しようとしても、ことわつて来る。配給もんのフレも俺とこだけ抜かして廻すのがしよつちゆうだ。田植えの加勢も、申し合せて、俺んちだけは一人も出てくれねえ。な! 道で行き合つても、こつちが挨拶しようとすると、みーんなソツポ向かれて見ろ。一家五人、村|中《なか》さ住んでいながら、離れ小島に流されるのと同じだからよう!
りき ふむ。……んだが、石ころが急にまた、じようぶ、しやべりやがる。
喜十 ばさまだから、しやべれるんだ。のし! 俺の身にもなつてくろい。
りき だども、おらにどうしろと言うんだ? 俺の身にもなつてくれと言つたとて、おらあ、ばさまで、お前は喜十ずら。
森山 いえさ、そこんとこをですよ、一度ばさまに話して、全体どうしたらいいか、ようく相談して――まずそう思つて喜十さんも私も、こうしてやつて来たようなわけで――
りき さあて、そりや、無理だあ。おらに何がわかりやす? 相談にやならねえなあ、(シヨンボリした一人語り)うまく行かねえもんだなあ世の中つうもんも。……喜十なんどの、正直いつぺんのシが、うまく行かねえとなると、これ、なんとすればええだかなあ――
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(一座シンミリとしてしまつて、誰も語り出す者なし)
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サダ ……あい、お茶がへえりやした。
りき おい。……、森山さんもどうぞ。喜十も飲め。
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(サダが茶わんをくばる音)
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せん あい、中込の餅でやす。(箸にはさんで出す)
りき なんだ、へえ、こりやアンがついてら。
サダ 喜十のおじさん、手を出してくんなんし。
喜十 へい。
りき (食いながら)こら、うまい、よくつけた。さあさ、森山さんも。新一も次郎も食いな。
新一 うん。
森山 すまんなあ、お初穂の御しようばんになるなんぞ。
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(一同、茶をすゝり餅を食う気配)
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りき ……そんで、なにかや、次郎の相談つうのは何だつけよ?
次郎 あとで言わ。
りき もうかまわねえ、言つて見ろ。
次郎 ……おれ、家にいてもしよう無えから、東京に出ようと思つてよ、そんで――
新一 俺が反対したんだそいつに。いや、ただ東京へ出るならいいけど――
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(そこへ、いきなり、犬がほえるような声で、はじめはどうしても泣いているなどとは聞えない声で、喜十が手離しで泣き出す)
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喜十 おう、おう、おう! うわあ!
サダ あれ、どうしやした、喜十のおじさん?
せん 喜十さんよ! どうしただ?
喜十 おう、おう、おう!
りき どうしたよう、出しぬけに、こうれ!
森山 喜十さん、どうしやした?
喜十 うう、俺あ、へえ、どんな悪いことばしやした? うう、だのに、俺のこと、俺んちのこと、村中でお前、どこさ行つても、喜十さ、お茶がへえつたから、一杯のんで行けと声をかけてくれる家あ、たつた一軒も無えだあ。うう、つれえぞ、ばさま! こうして、それが、ばさまんちへ久しぶりに来やした。茶あ飲め、餅食えだ。俺を人間あつかいにしてくれるの、ここんちだけだあ、んだから、おらあ……
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(一同シーンと黙りこんでしまう)
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りき ……そうかや。
森山 まつたく、無理ねえんでやんすよ、うむ。
次郎 喜十のおじさんがホントじやと思う! だらず? まちがつているのは、村のそやつらだ。芹沢の金五郎なんつ奴、捨てて置くこと無えだよ。がまんにがまんしてるのに、いじめにかかる奴とは、戦わねばなんねえ、と俺あ言うんだ。そうだねえか! しかけて来られる戦さなら立たざならねえ! それで立たなかつたら、そいつは腰抜けだ。卑劣野郎だ。そいじや、そうよ、国も亡びるぞ! 俺あ、へえ、喜十のおじさんの身方にならあ。おじさん、やりなよ! かまうこたあ無えから、芹沢だろうと村の奴らだろうと、ゲンノウで叩き割つてやれ。なあに、そんで死んだら死んでもいいでねえすか! そんな、そんなつれえ目を、そんな耻をしのんで生きてるよか、死んだ方がええよ!
新一 又言わあ! 直ぐそれだ次郎は。コーフンしてムチヤ言うが、そう簡単に行くもんか。
次郎 だつて、新ちやん、お前は喜十のおじさんに同情しねえのか? 黙つて放つといていいと言うのか? へへ、そうかもしれんな。なんぜ、再軍備にや反対だと言うかんなあ、そいでどつかの軍隊が、日本へ攻めこんで来たら、手をあげて、さあ、さあ取つて下さいちつて待つてると言うからな。
新一 なにを言う? それとこれとは別だねえか!
次郎 別だねえよ! 大きい小さいの違いこそあれ、家のこともタンボの事も国のことも同んなじだ。だらず? 芹沢の金五郎つうのは喜十のおじさんの方へ侵入して来た奴だ。
新一 おじさんの問題は問題で、村会へ持ち出すなり、裁判所に訴え出るなり、そのほか、なんとかすれば、やりようはあるんだ。だのにそれと国の軍備の問題とを、いつしよこたに混同して、んだから軍備は必要だ、んだから戦争はやむを得ないなんどと言うのは、愚劣だよ。そんな考えを持つてるもんが、まだ居るから、見ろ、元の軍人だとか右翼の連中が又ゾロゾロ這い出して来てるんだ。
次郎 それとこれこそ、話あ別だい! 元の軍人や右翼なんぞ引つこんどりや、ええ。俺あ、これからの俺たち自身のことを言つてんだ。第一新ちやんはおじさんの問題にやりようはあると言うが、村会や裁判所に、なんと言つて、持ち出すだ? そのほか、やりようは有ると言つたつて、もうこれまでに、やれる事はみんなやりつくして、どうにもこうにもしようが無くなつたんだぞ。それでも先方じやイジメるのよさねえ。そんでこうして、ここさ来てよ、おじさん泣いてんだぞ。おじさん泣いてんだぞ!
新一 だからよ、だから、俺が言うのは、この事と国の軍備の事をいつしよこたにして考えるが間ちがいだと言つてるまでだねえか。
次郎 同じじやねえかよ。今後日本がほかの国に侵略されたら、軍備無かつたら、どこへ訴えりやいゝんだ? 訴えてもどうにもならなかつたら、、どうすりや、いいだ?
新一 まあ、聞け。今あちこちで、一軒の家なら戸じまりが無えと泥坊がへえる、その戸じまりが軍備だなんて言う者が相当いるが、次郎の考えは結局はそれだ。そいつは、よその国はみんな泥坊だと決めてかかつたムチヤクチヤ議論だぞ。今の世界はそんな一つの国が理
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