つて、ちつとべ調製して、おつかと俺で今朝ついた。
りき そうかや。そいつは、かたじけねえ。お茶と餅がいつぺんに湧いて来やがつた。あつらえたみてえだ、はは、サダよ、さつそくだあ、茶を入れろ。
サダ (少し離れた土間の隅でガチヤガチヤ茶わんの音をさせながら)あい。
森山 すると、これが中込の松造さんとこの、へえい、こんな立派な総領がいたかなあ?
せん 総領だあねえ、二番目でやすよ。
森山 へ? そいつは二度びつくりだ。そうかね。いやどうも、うぬが年い拾つてることは気がつかねえで、若えしの大きくなるにや、たまげてばかりだ。はは!
せん ははは。
りき どうした、次郎は?
次郎 うん?
りき なんで、浮かねえツラあしてる?
次郎 ううん。
サダ (土間を歩いて来ながら笑いを含んで)つれ立つて来ながら次郎ちやんと新一ちやん、そこの坂の上で掴み合いの喧嘩やらかしそうにしてたよ。
せん へん、そりや又、なんでな?
次郎 俺、ばさまに相談に来たんだ。その事を新ちやんに話したら、俺のこと、馬鹿だつてんで――
新一 そうじやねえよ、俺の言うのは。
りき よしよし、んで、どんな事だ、言つて見ろ。
次郎 ……あとで言わ。
森山 おらだちに遠慮はいらねえよ。
次郎 ううん、あとでええです。
りき まあ、よからず、ユツクリあすんで行け。……
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(森山と、だまりこくつている喜十に)
するつうと、なにかね、芹沢の金五郎は、どうしても折れようとはしねえつうんだね?
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
森山 へい、だめでやすね、まあ。さつきから申した通り、これが昨日や今日の事で無え。さしあたりはおとどしの総選挙の時に海の口の須山さんが買収問題であぶなくなつた。あん時の、そいつを警察に言いつけたのが村で三四人いたらしい、その一人がこの喜十さんだと須山の方で睨んだらしいだね。そんでまあ、芹沢じや、昔つから、須山さんの子分みてえにしてるから、須山からそう言われて喜十さんちをイビリにかゝつたと言うわけだ。もつと前にさかのぼれば、戦争中、喜十さんちで須山さんから、借りて作つていたタンボを須山で取り返しにかかつて、喜十さんちでは、そうなれば立ち行かねえから甲州へ国越えをするだの、娘売りこかして稼がせるのと騒いだ事がありやんしよう。たしか、ばさまが、わざわざ口きいてくだすつて、須山ではタンボ取上げるの思いとゞまつて、丸くおさまつた。やしたね?
りき そんな事が、あつたかなあ。
森山 ありやした。そん時、その喜十さんとこから取り返したタンボを、実は芹沢で直ぐ借りて小作する話になつていたんだなあ。だども、ばさまに乗り出されては須山さんも不承しねえわけに行かなかつた。さあ、芹沢じや当てがはずれて、喜十さんとこ、目の敵にしだした。それ以来、事ごとにイザコザで、積り積つて来たやつだ。根が深いんでやす。そこへ、こんだ分譲地の水口の問題で、とうどう爆発しちやつた。わしらとしても見すごしちやおれなくなりやしてね。いえさ、これが金五郎と、喜十さんち、つまり隣り同士の争いだけなら、村にやよくあることで、どんなに両方でシノギを削ろうと、はたで何か言うべきこつちや無えかもしれません。だけど芹沢の方じや近所の家を抱きこんで、喜十さんとこを村八分にしろだなんて、寄合いを開いたりして、事実上、村では喜十さんとことは誰一人附き合わなくなりやした。こうなると、村全体の問題でやすからね。わしらもいろいろ口きいて見たが、芹沢じや、なんとしてもウンと言わねえ、ホトホト手を焼きやした。村会でも問題になつたが、芹沢の方は金もあるし勢力もある。第一須山さんが附いてるんで、みんな遠慮して引つこんでいやす。そんでまあ、ひとつ、ばさまに相談して見ずと思いやして、わしもへえ、出しやばるわけでは無えが指導員なんぞしてればこんな事心配でやすからね、こうしてまあ、喜十さんといつしよに……おせんさんのおかみさんが、ちようど味噌うとどけに行くと言うんで、つれなつて来ていただきやしたようなわけで――
せん その話は、おらも聞きやした。海の口の事が川上まで伝わつてくる程じやから、よつぽどのなんでやすねえ、喜十さんも大変だなし。
喜十 ……へい。
森山 このシが又、この調子で言うべき事も言つてくれねえので、なおのこと事が行きづまるんでやす。どうして、こう口をきかねえんだか、ことに腹あ立てたとなると、まるでへえ、石つころになつちまうだから。なあ、喜十さんよ?
喜十 へい。
森山 へい、か。どうも、へえ――
りき はは、なあに、おらが口きかせて見べえ、やい喜十!
喜十 へい。
りき お前、そんで、金五郎が憎いか?
喜十 憎くは無え。憎くは無えが――(と、老農夫に間々ある黙狂と言つたふうの、タ
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