出して見ろ、新ちやんは戦争中、まだ年も足りねえのに少年航空兵に志願するんだと言つて、じようぶあばれたというじやねえか。ずら?
新一 あれは、あん時は、あんな事は俺がまちがつていたんだ。
次郎 まちがつちやいねえよ! 戦争はまちがつていたかも知れねえが、国のために働こうとした新ちやんの気持はまちがつていやあしねかつたと俺あ思う。
新一 まちがつていたと言つたら! まちがつていたんだ!
次郎 仮にまちがつていたとしても、そいつは、あとから、今こうなつたから言えることだよ! ウヌがその場に立つて見ればその時の考えでやつて行くよりしようが無え。警察予備隊にしたつて――
新一 ウソこけ! 次郎は家にいても先きの見こみが無えから予備隊に入ろうと思つているだねえか! 
次郎 そうさ、それもある。それもあるけど、お前が戦争中少年航空兵になろうと思つたと同じ気持もあんだ! 同じ働らくなら国のために、この――
新一 国のために、なんでなるんだ? そつたら考え自体が反動だ!
次郎 それ見ろ、自分が以前した事は棚の上にのせといて人のことをやつける! おおよ、俺が反動なら、お前は猿だ!
新一 さ、猿だと!
次郎 そうよ、うぬが尻の赤いのを忘れて人の尻を笑う猿だ!
新一 野郎、言つたな!
次郎 言つたがどうした?

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(……二人が睨み合つて立ちはだかつている崖道へ、下方の谷の方から若い女の声が、呼びかける)
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サダ よおーい! そこに来たのは新ちやんに次郎ちやんじやねえかよう! (二人そちらを見るが、又睨み合つて、返事をしない)…… そんな所に突つ立つて、なによしてるだあ? 早う、おりてこう!
新一 ちきしようめ、なまいきな――(と口の中で言つてから、下へ向つて呼ぶ)おおい、サダちやんよう!

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(ザザザと足音をさせて坂道を走りおりて行く)
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次郎 へつ! (下へ向つて)サダちやあん!

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(これもダダダと走りおりて行く)
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サダ あらあら! そんな走ると、ころげ落ちるよう!

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(言葉のうちにマイク急速にサダに近づいている)
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新一 今日あ、サダちやん!
サダ あい、おいでなんし。どうしたの、あんな所で二人で突つ立つて? (笑い声で)タキギ取りに出て来たら、上の方でなんやら喧嘩のような声するんでヒヨイと見たら――どうしたん?
新一 次郎があんまりわからねえ事言うもんだ。
次郎 わからねえのは新ちやんだねえかよ!
サダ ふふ、甲州の栃沢と中込の栃沢が久しぶり逢つて、たちまち喧嘩おつぱじめても、しようねえずら。さあ、家さ入ろうよ。やれ、どつこいしよと。(とタキギの束を抱えて庭場を斜めに歩き出す。二人の青年もそれに従う)ズーツと二人でともなつて来やしたの?
新一 ううん、俺あ野辺山でおりて、オサキの追分の地蔵さんとこまで来て休んでたら、次郎がヒヨツクり。
サダ そうかや。
次郎 ばさま、いるの?
サダ うん、いる。今、お客だ。海の口の喜十さんつう人と、農事指導員の森山さんと、それを案内して川上のおせん伯母さん来てる。
新一 じさまは?
サダ 半月ばつか川上の家だ。ここんとこ、だから、おらとばさま二人つきりだ。こんな山奥の一軒屋だかんなあ、人が来ると、うれしくてなあ。(家の土間に入る)
せん (あがりはなから)え、あんだえ? あれま、甲州の新一ちやんと中込の次郎ちやんでねえかよ!
新一 伯母さん、今日は。
次郎 いいあんばいです。
せん さあさ、あがりなんし。(おりきに)ばさま、今日は大入満員だ。孫が三人そろいやした。
りき よう来た。甲州でも中込でも、みんな変りねえか?
新一 うん。おつかあが、ばさまに分けてもらつて、開こんに植えたダンシヤクよく出来たから礼言つといてくれと。
りき そうか、そら、よかつた。
新一 これ、お茶だ、ばさまと約束してあつた。月給もらつたから直ぐ買つて持つて来た。
りき そら、ありがてえ。ちようど四五日前から切れちやつてなあ。茶あ飲めねえと、なさけなくてなあ。ほう、月給で買つて来たかや?
森山 新一さんとも久しぶりだ。はは、おぼえていやすかい、おかいこの指導で一二度甲州へ行つた森山でやすよ。
新一 おぼえていやす。今日は。
りき 次郎も突つ立てねえで、こゝさ坐れ。
次郎 うん。……これ、おつかあが。
りき あんだ?
次郎 餅だ。この秋出来の餅米を、ばさまにお初穂に
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