ぼたもち
三好十郎
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)入会《いりあい》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)村|中《なか》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから11字下げ]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)まあ/\
−−
[#ここから11字下げ]
おりき
新一
次郎
サダ
喜十
森山
おせん
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
新一 そうじやねえよ!
次郎 そうだよ!
新一 そうじやねえよ!
次郎 そうだよつ!
新一 そうじやねえつたら!
次郎 そうだい!
新一 そうじやねえつたら、馬鹿!
次郎 馬鹿でも阿呆でも、そうだからそうだねえかよ!
新一 ちつ、次郎なんぞになにがわかるもんだ!
次郎 へつ、そんじや、新ちやんはなんでもかんでもわかるのけえ?
新一 なんでもかんでもと誰が言つた? ただそうじやねえからそうじやねえと言つてるまでじやねえか。
次郎 んだからよ。おらあ、そうだからそうだと言つてるまでだ。てめえ一人が真理みてえなツラしてエバるこたあねえずら。
新一 真理みてえなツラ、いつした? そうじやねえつて、ただ俺あ――
次郎 わからねえなあ新ちやんも!
新一 わからねえのは次郎の方じやねえか!
次郎 んだから、この簡単明瞭な事実をだなあ、へえ――
新一 だから、事実そうじや無えじやねえか!
次郎 そんな事あ無えよつ! そうなんだ! そうだから、そうだよ!
[#ここから2字下げ]
(――いきなりほとんど喧嘩のような怒鳴り声ではじまつた二人の青年の口論は、もう相当の時間つづいて来たものである。山奥の小みちを歩きながらの口論、二人のズボンが両側の草をこすつたり、足が道を埋めた枯枝を踏みしだく音に、時どき鋭どい小鳥の鳴声が、遠近に冴えて響く)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
新一 そうじやねえつたら! 次郎はあんまり狭く、自分の境遇にとじこめられてばつかり考えるから、そうなるんだ! もつと、へえ、広く今の世の中のこと見てみたらどうなんだ?
次郎 広く見てりやこそ、そうだつて俺あ言つてんだ! 人間だれだつて、ふだん考えてる時あ他人と喧嘩してえと思つてる者あ一人もねえさ。だのに喧嘩あ、やつぱしやらかすだ、だらず? だら、そこから出発してだなあ――
新一 ちがう! そりや喧嘩はするよ誰だつて。んだけど、そいつあ、カーツとなつた時の、つまりまちがいで、人間のふだんの状態じやねえさ。そのまちがいを元にしてだな、年中喧嘩の仕度をしてなきやならんと、お前言つてんだ。
次郎 喧嘩あ、まちがいにしろだ、そんなまちがいが多過ぎることを俺あ言つてんだ! そんだら、そいつはまちがいでは無くつて、人間はもともとそうだつて事なんだ。これまでもそうだつたし、これからもそうだ! でなかつたら、原子爆弾を早く多くこさえようと競争なんぞ、どうしてしるだ? え?
新一 だつて、そりや、それとこれとは話が――
次郎 ちがやあしねえ、同じ事だねえか! そんで、どうせそうならば、つまりそれが今の実際の事ならばだ、そこんとこから自分の考えを決めるのが本当だと俺あ言つてるまでだ。第一、お前がそんな理想みてえな事言つて屁りくつこねたり出来るのは、新ちやんが工業学校なんぞ出してもらつて、本なんぞも、いつぺえ読んだりよ、今じや甲府の工場につとめて立派な月給とつたりしているからだ。
新一 そんじや、次郎だつて家へそう言つて学校行くようにしたらいいじやねえか!
次郎 それが出来ればこんなこと誰が言うもんだ! タンボと畑で合せて三段ちよつとに、雑木の山が二段しか無くて一家七人、食つて行くのがヤツトだねえかよ。へえ、そこの次男坊主の冷めしぞうりだ俺あ。
新一 学校に行けなくとも自分で本読んで勉強できるよ。
次郎 本読む時間がどこにあるだ? 三百六十五日、夜なべまでやつてんだぞ、そうでなくとも兄ちやんなど今に相続の時が来ると俺にもチツトは田地を分けてやらざならねえ、家じや立ち行かなくなる、それ考えて今から青くなつてるのがチヤンとわからあ。俺が東京さ出ようと思うのが、どこがいけねえ?
新一 いけねえとは言わねえけどさ、お前が警察予備隊に入るだなんと言うからさ――
次郎 へん、新ちやんなんぞ、今では特権階級だかんなあ。それに町の工場に行つたりして共産党かなんかにカブレたアンベエずら。だからそんな――
新一 なんだと! 俺がなんで特権階級だ? へんな事ぬかすと、きかんぞ! 第一、警察予備隊に反対するだけで、なんで共産党にカブレたことになるんだ?
次郎 そうだねえか、よー、思い
次へ
全9ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング