ドタドしい、すこし辻つまの合わぬような調子で)死ぬよりつらいんでやす、ばさま。そんで、このまゝで行きや、じようぶ、死ぬのは、わかりきつているんじやから。
りき 死ぬと? おのしがか?
喜十 俺なら、まだえゝよ。タンボだ。
りき ハツキリ言え。タンボが死ぬと?
喜十 そんだ。水口、一寸二寸とへずられてよ、水が切れりやタンボは死ぬだねえかよ。
りき 水口をへずるのか?……そんで、それを、金五郎がへずるのか?
喜十 現場あ見たこと無え。けんど、俺が築いときや、夜のうちに、又あ、鍬でもつて、へずりやがら。又築くと、又へずる。この夏中で十五六度もだ。ふんづらまえてやろうと思つて、アゼのかげに、寝て待つていた事もあるが、そういう晩は来やがらねえ。餓鬼い使つて探偵しているだから、俺が待つてるの、わからあ。そんなに俺んちが憎ければ、なんで、へえ、おおつぴらに俺とこさやつて来て、この頭あ、ゲンノウでもつて叩き割らねえ? その方が、よつぽどマシだあ。
せん ほんになあ! タンボの虫と言われた喜十さんだからなあ、そう思うのも無理あねえよ!
りき 阿呆ぬかせ、頭あ叩き割れば、それこそ、おつ死ぬべし!
喜十 阿呆だ俺あ。タンボの事知つてるだけで、ほかの事あカイモク知りやせん。金五郎が、んだから、俺のこと馬鹿にしても異論は無え。……、なんで、俺のタンボから水う取り上げようとさらすんだ? よ? それ聞こうでねえかい! (ドンドンと、畳を叩く)
森山 まあさ、そうイキリ立つても、金五郎は、此所にやいねえ。
喜十 だつてそうでねえか! 戦争すんで農地改革つうので、爪に火いとぼすようにして、金え拵えてよ、もとの入会《いりあい》分譲してもらつて、やつとまあ、これで小さいながら田地持ちの百姓だと、お前さま、勇んで稼いでるもんに、こんな事する奴、鬼だねえか!
森山 また、よりによつて隣り同士であんだけ仲の悪い芹沢と喜十さん、分譲地まで隣り合つちまつたもんだ。
せん ほんによ、因果だなあ!
喜十 鬼だねえか! どうしてこれが我慢していられるもんだ、ばさま! (ドンドンと畳を叩く)
りき わかつたわかつた。そう畳ぶつな、ホコリが立つていけねえ。見ろま!
喜十 それもなあ、金五郎からアダを受けるだけなら、まだええ。かやつの家と俺ちとは永え間のモツレでのし、あいだにや、俺の方が悪い事だつてあつたずら、人間、お互いだから、それもいいと眼えつぶる法もあらあ。村の衆のことよ、俺の言うなあ。金五郎に種え分けてもらつたり、中にや金え握らされたり、それでなくてもあやつは須山の旦那あ笠に着て顔が良いから、それにオベツカする、みーんな俺んちのことアダをしやがら!
森山 かげじや、しかし、喜十さんの方に同情しているもんも相当あるよ。
喜十 かげで同情してくれたつて、なんになりやす? この秋あ、お祭りにも俺だけノケモンだ。よそのうち同様に寄附しようとしても、ことわつて来る。配給もんのフレも俺とこだけ抜かして廻すのがしよつちゆうだ。田植えの加勢も、申し合せて、俺んちだけは一人も出てくれねえ。な! 道で行き合つても、こつちが挨拶しようとすると、みーんなソツポ向かれて見ろ。一家五人、村|中《なか》さ住んでいながら、離れ小島に流されるのと同じだからよう!
りき ふむ。……んだが、石ころが急にまた、じようぶ、しやべりやがる。
喜十 ばさまだから、しやべれるんだ。のし! 俺の身にもなつてくろい。
りき だども、おらにどうしろと言うんだ? 俺の身にもなつてくれと言つたとて、おらあ、ばさまで、お前は喜十ずら。
森山 いえさ、そこんとこをですよ、一度ばさまに話して、全体どうしたらいいか、ようく相談して――まずそう思つて喜十さんも私も、こうしてやつて来たようなわけで――
りき さあて、そりや、無理だあ。おらに何がわかりやす? 相談にやならねえなあ、(シヨンボリした一人語り)うまく行かねえもんだなあ世の中つうもんも。……喜十なんどの、正直いつぺんのシが、うまく行かねえとなると、これ、なんとすればええだかなあ――

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(一座シンミリとしてしまつて、誰も語り出す者なし)
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サダ ……あい、お茶がへえりやした。
りき おい。……、森山さんもどうぞ。喜十も飲め。
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(サダが茶わんをくばる音)
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せん あい、中込の餅でやす。(箸にはさんで出す)
りき なんだ、へえ、こりやアンがついてら。
サダ 喜十のおじさん、手を出してくんなんし。
喜十 へい。
りき (食いながら)こら、うまい、よくつけた。さあさ、森山さんも。新一も次郎も食いな。
新一 うん
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