えよ。ホントは俺、東京なんどへ出たくは無え。俺あ、へえ百姓が一番向いてるし、百姓やつていてえんだ。けど、家さ居ても、家の田地はそうでなくても足りねえのに、次男の俺がいると分家なんつ事になると家は立ち行かねえし、兄《にい》ちやんも可愛そうで、ちかごろ俺、兄ちやんの顔見てるの、たまらねえんだ。
りき ……なんだ、そうかよ。……そんだら、東京なんどへ出るの、やめろ。なあんだ、そうか――そんなら、やめろ/\。田地の足りねえのは困りもんだが、なに、俺がチヤンとええようにしてやらず。親戚中から少しずつ譲つてもらつても二段やそこらは集まるべし。じさまとおらが死んだら、この下のタンボの一枚ぐれえ、てめえにくれてやらあ。
次郎 ……ありがとう、ばさま。
りき なあによ泣きさらす? 娘つこじやあるめえし、メソメソするの俺あ大きれえだ。
森山 (これも足ごしらえをしながら)だけんど、なんでやすねえ、現在この、農家の次男三男の問題は、こいで大きい問題でやすよ。結局は土地が足りねえからね、いくら農地改革やつてもホントの解決にはならねえ。人口問題をなんとかするとしても急の間には合わねえとなると、こいつ、国内だけではどうしても片づかねえ問題で。喜十さんの問題なんずも一番の大根《おおね》の原因は田地が足りねえ所から来てるだから。
りき さようさ、どうすればいいだか。
森山 外国でもこの点は早く考えてくれて、どつか移民さしてくれるとか、してくれねえと――
りき うん。いずれはそうお願えするほかに無えようだなし。
森山 この前の戦争にしたつて、そら、日本のした戦争は間違つていたけんど、その原因の一つには、たしかにこの土地が足りねえ、満洲へんに出抜けねえば、どうにもこうにも、やつてけねえつう事もあつたんだからなし。これを又うつちやつとくと、いろいろにこぐらかつて来やすよ。新一つあんや次郎さんみてえな若いしたちが、やれ再軍備だ、再軍備反対だなんぞとカツカとなつて考えるようになつて来てるのも、そこらと関係のあることで、気持だけは、ようくわかるなあ。
りき さようさ。だども、軍備はいけねえよ、もう兵隊こさえちや、ならねえ。
次郎 え? 軍備は、いけねえの、ばさま?
りき いけねえ。(極くあつさりした言い方)
次郎 ……すると、外国から攻めて来たら、どうすんだ?
りき 攻めてくると誰が言つた?
次郎 誰も言やあしねえけどさ、もし来たら、手をあげて取らすんか?
りき そつたら事、俺あ知らねえ。それにこいつは日本国全体のことだ。俺なんずのクソ婆あが、アレコレ言つたとてなんになる? もつと賢い衆が、うまくやつてほしいや。だども兵隊は、もう、こさえちやならねえ。……こねえだの戦争で、俺あ息子を四人兵隊に出して二人とられた。……悔んじやいねえ俺あ、それを。あたりめえずら、それぐれえ。……んだが、息子二人とられて見ろ、楽じや無え。……その俺が言うんだ。言つてもよからず?……兵隊はもう、どんな兵隊も、こさえちや、ならねえ。
次郎 ……だども――
りき だどももヘチマも無え。理屈をつけりや、どんな事にも理屈はつかあ。軍備した方がええという考えにも、しねえ方がええという考にも、それぞれ理屈はあるべし。両方に良い事も有りや悪い事もあらあ。それをハカリにかけて較べていたんではきりが無え。大事なこたあ、これが一番だと思つたら――これが一番ホントだと見きわめ附いたら、ほかのグジヤ/\した事、一切合切、スペツとかなぐり捨てゝ、そいつをやる事だ。そんために出来てくる困つた事あ、又なんとかすればなんとかしようがあらあ。去年なあ、板橋のお兼婆あが、腸が悪くて悪くて、どんな養生しても、町のお医者に三人も四人もかゝつて薬浴びるほど飲んでも治らねえ。しまいに拜み屋さまに凝つても、まだいけねえ、ガンだガンだつうので泣いてたつけ。俺あ見舞いに行つてよ、よく/\気いつけて見ていたらば、お兼婆あ、アズキがじようぶ好きでな、なんかと言つちや、アンコにしたりオヤキにつけたり、カユにたきこんだりして朝晩に食つてら。アズキというもんは通じのつくもんでな、婆あそれ知つてるくせに、好きだもんで、いろんな理屈つけちや、かかさず食つてら。そんで俺が、いきなりアズキを取り上げた。つれえといつて、初めは婆あめ、わめきやがつた。そやつて半月たつたら、腸の悪いの、なめて取つたように治つちやつた。はは。……かんじんのてめえの命がおしかつたら、いけねえもなあ、きれいサツパリやめる事だ。
次郎 ……するつうと、ばさまは、よその軍隊が攻めこんで来ても抵抗しねえのか?
りき 抵抗たあ、なんだ?
次郎 刃むかわねえかというんだ?
りき さあなあ。そら、人間だから、わからねえ、そん時になつて見ねば、うぬが目の前で同じ日本人がドンドン殺されたりすれば、おおき
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