ちがいやす。あんまりシツツコク、忘れねえで俺のことイジメるから――
りき ちがう! アベコベだ。忘れねえのはお前の方だ。お前が、うらめしいうらめしいと思つて忘れねえから、先方も忘れねえだ。
次郎 だども、そんじや、おじさんの方は、どんなひどい目に逢つてても、イジメられつぱなしになつていなきやならねえのかい?
りき まあ/\、俺に委せておけ。
新一 村八分なんていう、そんな封建的な事、間ちがつてるよ!
りき はは、そつたら理屈言つても、俺にわかるもんかよ。ただなあ、人間早まつちやならねえ。喜十はイジメられてるイジメられてると言うが、その喜十や森山さんの言う事嘘たあ思わねえが、話ばようく聞いていると、そん中でホントにあつた現なまの事というと、水口がへずられるという事一つきりだ。だらず? 配給を抜かされることも、祭りの寄附のことも、附き合いはずれの事も、そのほか、みんな、その時々の話の行きちがいかも知れねえし、こつちの思い過しかも知れねえ。すべてアヤフヤなこんだ。事がグレハマになる時は、そうた事が次ぎ/\と起きるもんだ。それをこつちが、年中いじめられるいじめられると思う気があるもんで、一つ/\曲つて取る。人間は自分が嘘つくつもりは無くとも嘘をつく事だつてあらあ。はは、家のじさまが一度キツネにだまされた事あつてな、小諸の親戚の祝儀へ行つての帰りに、こゝの上まで戻つて来てんのに、どうしても家へ入れねえつうんで、大声はりあげたんで、出て見ると坂の上でグル/\ひとつ所ば廻つていてなあ、俺が行つてやつと連れもどしたが、俺の顔見てもまだキツネにばかされていると言つてたつけ。なあに、段々聞くと、悪い地酒をサンザ飲んで、そこへサバずしの少し腐つたやつを食つて、油に酔つちやつて頭が少しどうかしていたのよ。当人は、それをキツネにばかされたと言つて、今でもそう思つてら。はは、人間は、おかしなもんで、自分で自分をばかすもんよ。キツネからはバカされないでも、自分からばかされる。はは、俺なんざ、うぬが馬鹿じやし、馬鹿のくせにズルイからのし、自分の眼で見るまでは、人の話なぞメツタ信用しねえや。その水口へずられる話にしたつて、金五郎がやつた事かどうか、わかつたもんで無え。
喜十 だども、ばさま――
りき サダよ、わらじ一足出せ。
サダ わらじと? なんにしやす?
りき わらじをなんにするものだ。――おらがはいて行かあ。
サダ へえ、どこさ行くの?
りき 海の口まで、ちよつくら行つてくら。
森山 へい、するつうと――?
りき お前さまがたといつしよに行つて、喜十の言うのが本当かどうか見てみやんしよう。都合で須山のおだんなや芹沢の金五郎と逢つて見べえ。
森山 そうでやすか! そうお願いできれば、もうへえ、ばさまに乗り出していただければ、イサもクサも無え、事は片づきやす。こいつは、ありがてえ!
喜十 ばさま、俺あ、へえ、なんにも言わねえ。こん通りだ!
りき へん、礼を言うなあ、まだ早えや。まだ誰もおのしの身方すると言つちやいねえ。行つて見て、もしおのしがまちがつていたら、おのしをやつつけてやるから、そう思え!
喜十 けつこうでやす。ひやあ、ありがてえ!
りき もし先方がまちがつていたら、先方をやつけてやらず。ははは、そいつは冗談だ。つまりはこの白髪頭ヘコ/\さげて頼んで廻るだけの事だあ。
次郎 俺もいつしよに附いて行かあ!
新一 俺も行く。
りき よせ/\、お前だちは川上からまつ直ぐに家さ帰れ。
せん んだけど、ばさま、そつたら足元から鳥が立つように急がずとも――
りき なに、こんな事あ早い方がええ。
サダ あい、わらじ。たびは、え?
りき たびは、いらん。(わらじの紐をしごきながら)そうだ、次郎の相談だつたなあ。東京さ出るんだと?
次郎 うん。
新一 出るだけならいいさ。けど次郎は予備隊へ入るんだなんて言うから、俺あ反対してんだ。予備隊というのは今後軍隊みてえになるらしいんだ。
りき ほうか、軍隊か? (わらじをはきながら)
次郎 それでも俺あいいんだ。新ちやんは軍備に反対だからそう言うが、俺あ反対じや無えからな、国を守るために必要なら、俺あ喜こんで兵隊になりたいんだからな。
りき そうか。……なんやら、そんな理屈は俺にやわからねえが、次郎は、すると、どうしても東京さ出てえのか?
次郎 うん、出てえ。
りき そうか。そんなら、出ろ。若い時あ二度無え。人間、自分がホントにしたいと思う事するのが一番だ。はたの人間が何を言おうと、うぬがようく、うぬの胸に手を当てて考えて、何でもええから一番してえと思うことを、いつしよけんめいやつて見ることだ。すれば、たとえしくじつたつて悔むこたあ無え。東京さ行け。そいで、うまく行かなかつたら又もどつて来い。
次郎 ……うん。いや、そうだね
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