だってアカは、もともと、この戦争にゃ反対だったんじゃなかったのかね? 反対なら反対だと、なぜ突っぱねていねえんだよ? そいでこそ、とにかく人間だ。善いの悪いの問題じゃねえや。そんなら、とにかく信用できらあ。ヘヘ、なあに、お前たちや、ただ、おどかされて、おっかなくなったんで、そんで、でんぐりげえってしまって、木に竹をついだように、ヘンテコリンなヘリクツを、こせえあげてるだけだ。おかあしくってえ! そいつがおめえ、てめえの命を投げ出して、ああしているエスさまをあざ笑ったり、キチガイあつかいに、よくできたもんだ!(いわれて男1はセセラ笑いながら相手にならぬ)
男2 (男3に)しかし、なんだぜ、君も、なんだ、オダあげるのも、いいかげんにしといたらどうだい? 君あ、なんじゃないか、あの男が時々、断食する、その食わないメシを貰って食ってるもんだから、そんな事いうんだろう?
男3 ああよ、貰って食うよ! もったいねえからなあ。それで俺が助かりゃ文句はねえからね。ぜんたい、此処にあんだけ永いこと居て、差入れ一つねえのに、断食するなんて、タダのもんにゃ出来ねえことだ。
男2 フフ、君あ、なんじゃないか、もしかすると、あの男を使って、ひと芝居打とうと思ってるんじゃないかね?
男3 なんだって? ……(ジロジロと男2を見る)へえ、そうかね? いかにも、ヘヘ、院外団くずれのヤマシらしい事をいうねえ?
男2 ヤマシと! なにを、きさま――
男3 言葉が過ぎたら、ごめんよ。ヘヘ、だって、此処にこうして、くらいこんでいりゃ、いずれ、そんなにマットウな事あ、お互いにしていねえのは、いねえんだからね。でしょう?
男2 今にわかる。自分はただ、この戦争に負けちゃならんと、しんからこの、憂慮してだ、自分の信念にもとづいて、多少の鉄材を動かそうとした。それが、たまたま――
男4 ヘヘヘ、ひっかかったんですよねえ。ヘヘ、だいたい、まあ、そんなもんでしょう。いいじゃありませんか。(ねぼけたような調子で、ブツブツいう)なんでもいいよ、スリだろうとヤマシだろうとアカだろうと、此処にくれば、おしまいでしょうよ。そんなムクれることあないでしょう。みんな、自分のしたい事をして、そんでつかまるなり、手をおっぺしょられるなり、べつに、だから、そううらむ事はないじゃないですか。いくらジタバタしたって、人間だれしも、しまいにゃ壁に頭あぶっつけて、ハナあたらして死んでしまうんだ。それまでの踊りでしょう。ヘヘ、私なんざあ――
男3 なによネゴトいっていやがる、モヒ中め!
男4 あい、モヒ中ですよ。いいじゃないですか、ヘヘヘ、――
男3 よかあねえよ。お前みてえな、チッ、空襲のドサクサまぎれに、女をつかまえて、おかしなマネをするような奴は、人間じゃねえよ。
男4 そうですよ、ヘヘ、そうですよ。じゃ、だれが人間ですか? ドンドン殺しているんですよ、人間が人間を。ヘヘ、私あ、そんな手荒らな事あしません。ただ、女の子にチョッとさわるだけだもん。
男3 さわるっていやあがる。ペッ、ペッ!
男4 天にまします、われらの神さま……ヘ!(アーアーアーと何かうなり出す。その節が、それまでズーッと断続してきこえて来ている奥からのサンビ歌のメロディに合流して斉唱する形になる)
男1 よせよ、おい!
男2 くそッ!
別の声 (ここからは見えない奥から)おいおい、第三号、やかましいぞッ! 静かにしないと、夕《ゆう》めしを食わせんぞお!(この一言で四人とも、いっぺんにだまりこむ。そのシーンとした中に、奥からのサンビ歌だけが、静かに流れて来る。)
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(間……)
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男3 ……(低い声でまたはじめる)ヘッ? こらえてくれよ、飯をとりあげられて、たまるもんけえ、ゴクソツめ! ……(他の三人は、尚しばらく沈黙)
男4 ……だけど、なんですかねえ、この――これから、ぜんたい、どうなるんですかねえ?
男3 なにがね?
男4 サイパンは落ちる、オキナワも、もうダメらしいじゃないですかね? 四国や千葉あたりじゃ、海岸一帯に立ち退きがはじまっているというんだから。
男3 だから、本土作戦だよ。焦土戦術。
男4 それがですよ、どこがどんなふうになれば、どういうことになるんだろう? つまり勝つとか負けるとかいうメドがいつになったらだねえ――
男3 バクチだあ。丁と出るか半と出るか、やっつけるまでだよ。
男2 負けるね。
男4 え、負ける? こっちがですか?
男2 ああ。つもっても見ろよ、向うでは、原子力のバクダンかなんかを、ロケットで持って来ようとかしてるのに、こっちじゃ、紙で風船をこさえて、飛ばすんだそうだ。笑い話にもならん。ヘヘ、もう、なんだね、金や物をウンと持った連中は、山ん中やなんかへ逃げ出す仕度をしてるよ。ヘヘヘ。
男3 おいおい君! そんなへんなふうないい方はよしたらどうだね? 君あ、ファッショだろ? 右翼だろ? 忠君愛国だろ? つまり、カンバンだけでもよ。そんだら、イクサがこんなふうになって、わが国が困りきってるのに、そんなセセラ笑っている手はねえじゃねえか! とにかく、てめえの国だぞ! そうじゃねえか、日本人を、こんだけサンザン殺しやがって、ちきしょう! 
男2 や、国士に対し、脱帽!
男3 なにい?
男4 その原子バクダンというやつは、どういうもんですかねえ? よっぽど、モーレツな、この――?
男1 日本でも、出来ているというけどね、マッチ箱ぐらいのやつ一つあれば、ロンドンの全市をあとかたもなく吹き飛ばせるというんだから――
男4 ……使いますかね、そいつを?
男1 さあ。……使うかもしれんね。
男2 とにかく、もう向うでは一トン・バクダンは使ってるらしいね。こいつにやられると地下三四十尺の防空壕なども役に立たんそうだ。
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(かなり間近かな所で、けたたましい空襲のサイレン。二度三度とつづけざまに鳴る。四人ともだまってしまう。……奥の上の方で「待避! 至急待避だっ[#「待避だっ」は底本では「待避だつ」]!」と叫ぶ声と、人々が待避に駆け去る足音)
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男4 ……ふう、……き、き、来ましたねえ!(右手で鉄棒にかじりつく。左手の動きが、こきざみにはげしくなる。男はキョトキョトそのへんを見まわした末に、からだ全体をちぢこめ、石のように強直してしまう。頬の肉がブルブルとふるえている。男2はサッと立ちあがり、顔の中から今にも飛びだして来そうな兇暴な目で鉄の棒の間からこっちを睨む。男3は歯をむいて「タッ! おい、おい、おい! やい!」と思わず叫んだり、顔じゅうをしわめている。あたりはシーンとなってしまう。空襲警報が鳴りやんでから空襲のはじまるまでの間の静けさ。……その中を、中央の廊下をスタスタとこっちへ歩いて来る人影。鉄柵の前の明るい所に来たのを見ると友吉。衰えきってほとんどすき通るような顔色。左腕は肱の所からブランとなっている。右手にさげていたバケツとゾウキンを廊下の隅にかたづけ、廊下の奥を見る)
男3 おい、エスさん! エスさん! 空襲だ! 空襲だよ!(口中がかわいてしまったカスレ声)
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(そこへ、ダダダと足音がして、廊下をこちらへ走って来る監守。制服にゲートルに鉄帽)
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監守 (いきなり)おいエスさま! なにを、こんな所でグズグズしてるんだッ! 早くお前――
友吉 (ビックリして)はい、あの、どうか入れてください。掃除すみましたから――
監守 え?(檻房をチラッと見て)いや、お前はなんだ、待避壕の方へ来てもいいよ。ここは、あぶないから――
友吉 いいんです、ぼくは此処で、あの――
監守 え?(一瞬マジマジと友吉を見つめていてから)……そうか? 知らんよ、しかし、ドカーンと来ても。(いいながら、カギで檻房の小さい扉を開ける。友吉は身をかがめて房の中に入る)……来りゃいいになあ、待避壕の方へ――
友吉 ありがとう――(その言葉が終らない間に、男1が無言で、監守が締めかけた扉にかじりついて外に出ようとする。つづいて男2がヒッ[#「ヒッ」は底本では「ヒツ」]! と叫んで同じく外に出ようと男1をはねのけて、扉にかじりつく)
監守 とッ! バカッ! お前たちは此処でたくさんだッ!(ピンとかぎをかけてしまい)これでも、此処は地下室だからな、フフ。ち! なにをしゃがるんだ!(叫ぶと同時に、鉄柵の間から突出して彼の服をつかもうとする男1の右手をペシッ! と叩き払い、次ぎに柵の間からスッと入れたゲンコツで、男2の顔の正面をガンと突きなぐって置いて身をひるがえすや、ダダダと走って廊下奥に消え去る)
男1 (叫ぶ)ど、ど、どうしてくれるんだ、僕たちを! こんな所で、こんな――!
男2 (叫ぶ)助けてくれッ!
男3 ヒ!(笑おうとするが、顔がこわばって笑いにならぬ)
男4 フ! ……(左手ばかりをピキピキさせている)
友吉 ……(壁に顔を押しあてて、ジッとしている)
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(ダダーンと、かなり遠い所で投弾の地響き。しばらくして第二弾、第三弾、それが次第に近づいて来るのがハッキリわかる。男2がギヤアと叫んで、猿のように正面の鉄柵の、かなり上部に飛びついて歯をむく。あとの四人は、恐怖で凍りついて、そのままの姿で動かぬ。……ダダーンと、さらに近い第四弾。その地響きで、友吉が廊下の隅に置いたカラのバケツが、カランといって横にころがる。チョット、シーンとしてから、ダダダダと、ごく近くにあるらしい高射機関銃の発射される噛みつくような音がして、プツンと切れる)
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男1 ゲエ!(はく。しかし、なんにも出て来ない)
男3 エスさま! おい、エスさま! おい!(友吉のブラブラな左腕を取り、すがりつくように身をすりよせて来る)
男4 サ、サ、サンビ歌、うたってください。エスさま、ね、サ、サンビ歌……神さまに、あの祈り……サンビ歌を……ね、ねエスさま!
男2 こ、こんだ、来るぞ! このへんだぞッ!(鉄棒に四足でかじりついて歯をむいている)
男3 ねえ、エスさま! おい! ウーウーウー(うなり声が、サンビ歌に似た節になる)
男4 ね、エスさま! おい! 歌って――
友吉 ……(額を壁につけたまま、低い声で、男のうなり声の中に歌い出している。はじめ聞きとれないが、次第にメロディがハッキリし、又次第に歌詞がハッキリする。第四百四十五)……わがたましいを、愛するエスよ。波はさかまき、風吹きあれて――(男3は、それに合せて、うなっている。男4は、歌詞も節も知らないままに、唇をふるわせながら、つけて歌う)
男2 う、う、うるせえやいッ!
男1 ……(口のハタに付いている白いアワをそのままにして、毒々しい位の憎悪と恐怖のまじった眼で友吉を睨んでいる)
友吉 ……(スッと[#「スッと」は底本では「スツと」]壁から額をはなして、青ざめたしかし落着いた顔で、そのへんを見、左腕を男3につかませたまま、右手を男4の肩にかけて、ユックリと歌う)しずむばかりの、この身をまもり……(ガクーンと地ひびきを打たして、間近かな第五弾。同時に男2が、鉄棒から鉄棒をつたわって、天井に近い所を、クモがあばれるように、はねまわりはじめる)あめのみなもとに、みちびきたまえ。……(その歌声を寸断して、鳴りはためく投弾と高射砲発射のとどろき)

        8

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 座談会の会場。
 会場といっても、ふだんは事務室に使っているガランとした室の、突き当りの壁の前の四五尺の部分だけ。壁に黒板。黒板の前にハバのせまい荒板を打ちつけた細長いテーブルにイス。それは演壇というわけではなく、話す人も聞く人も同じ高さに腰かけるようにならべられたテーブルとイスの円陣の一角である。だから座談会の出席者は客席の前部正面に凹字形にならんでいて、話す人だけが一人でフットライトの真上にイスにかけテーブルをへだてて正面に向いている。黒板の上部
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