くれッ! こうしてたって、しょうがねえ[#「しょうがねえ」は底本では「しようがねえ」]。俺が出征すりゃ、おやじもおふくろも、俊子も、どうせカツエ死にするんだ。だから今、ひと思いに、ガシャーンと、ビー二十九さまさまよ、五十キロバクダンを、この真上に一つ、おっことしてくれよーう!(うつぶせに地面を抱きかかえるようにする。……北村はいうべき言葉もなく、泣きそうな顔をして見おろしている。赤い夕陽。空のどこかで不気味な飛行機の爆音)
北村 ……(しょうことなしに[#「しょうことなしに」は底本では「しようことなしに」]、四、五歩あゆみ寄って壕舎の中の三人をかわるがわる見ていたが)おじさん、ごせいが出ますね?
義一 う? ……(ボンヤリした眼つきで北村を仰ぎ見て)やあ。いやもう、ダメだね、時計なども。いちばんかんじんなテンプなんぞに、この、ニュームなんぞ使うようになっちゃ……狂ったら、もう、へえ、なおしようがない……うん。(自分でも何をいっているか意識しないようで、言葉がブツブツと一人ごとになってしまう)
北村 ……(寝ている俊子へ)俊ちゃん、どうだい?
俊子 ああ、北村さん? 今日は。
北村 まだ痛む?
俊子 ありがとう。いえもう、ほとんど痛みはしないの。
北村 そう。そりゃいいね。
リク あしきをはろうて、たすけ、(せきこむ)いちれつすまして、かんろだい。……かんろだい。……(口の中でブツブツつづけて)……みずの中なる、このドロウ、はやくいだしてもらいたい。みずのなかなる、このドロウ、はやくいだして、もらいたい。(いいながら胸の前で妙な手つきをしている)はい。やっとまあ痛みはとれましたよ、あれから、あなた、ズーッと私あ、ミカグラのあげ通しですからね。そうですとも、今に眼も開きます、見えるようになります! ただこの子がなかなか信じませんもんですからね、そのためになおるのが、おそいんでございますよ。なんでも、これからひとすじに、神にもたれてゆきまする。といいましてね、つまりが、なんですよ、友吉のいうエスさまも、キリストさまも、天の神さまも、つまりが、テンリおうのみことさまです。仏教で申しますアミダさまも同じでございましてね、つまりがですね、それは、あの、なんじら互いに愛せよと、聖書の中に書いてあるそうですね、同じ事がミカグラ歌ではむごい心を打忘れ、やさしき心になりてこい! 観音経では、この――いえ、あの、友吉の本を読みますと、あのカンジという人が、あの、サチャグラハと申しましてね、やっぱり、それがあの、同じ事でございましてね、スワラジという事も、エスさまが、あの、一番最後にお弟子さんがたの足を洗いなすった、あれです。みればせかいがだんだんと、もっこ[#「もっこ」は底本では「もつこ」]にのうて、ひのきしん!
俊子 (片手を出して、母の膝をなでてやりながら)お母さん、お母さん! いいから。わかったから。そうよ、信じますよ。信じてよ、お母さん。
リク だからさ、友吉は正しいのだよ。それを私は――
俊子 そうよ、友兄さんは正しいのよ。だから、お母さん、そんなになに[#「なに」に傍点]しないで――
義一 うむ。……(時計をいじっていたのが、不意に机の上の時計の道具をガシャンと押しつぶして、立ちあがり、ブツブツいう)……そうさ、あれで友吉は、まちがってはいないのかも知れん。……
俊子 なあに、お父さん? ……(義一それには答えず、ゲタを突っかけてスタスタと左手の傾斜をのぼって行き、見えなくなる。それを見送っている北村)
リク それをですね、この町会では、友吉みたいな非国民を出したような家には、配給物をやらないというんじゃありませんか。聞いて下さい。そんなあなた! 友吉は正しいのです! そこへ、あなた、夜になると、みんなで、此処へ石やドロをなげつけるんです! 今に罰が当るから、神さまの罰が当って、あやつらが、みんなカッタイカキに[#「カッタイカキに」は底本では「カツタイカキに」]なりやがって、ザマヲミロ! ね! そんなあなた――みなみていよ、そばなもの、神のする事なすことを!
[#ここから3字下げ]
(間。……空の飛行機の音。木カブの所に寝ている明が、眠りの中でウー、ウーッ、とうなる)
[#ここで字下げ終わり]
北村 ……(俊子に)じゃ、僕あ、これで。ちかごろ工場が二十四時間制になって三交替でね、僕あ六時からだから、ちょっと寄って見たんだ。又来るから、あの、だいじにしてね――
俊子 (涙声)ありがとう、北村さん。あなたの御しんせつ、忘れません……。私には見えるの。ええ、……どの人が善い人で、どの人が悪い人か。……心の中が見えるの。……こうして、みんな(いいながら、右手をあげて、そのへんを、バクゼンと指して)友兄さんの事で、せけんからひどい目に逢って、こんなになっちまったけど……そうよ、みんな悪いんじゃないの。
北村 ……(なんにもいえないで、リクと明へと次ぎ次ぎに目をやっている)
俊子 ね? よくわかるの私には、それが。……北村さん、あなた、兄さんに会える?
北村 そりゃ、又、警察から呼び出しが来れば会えるだろうけど――
俊子 もしね、兄さんにお会いになったら、私の眼はこんなふうになったけど、ちっともヒカンしてはいないといってね。いぜんは、お兄さんを、うらんでいたけど、眠がつぶれてから、兄さんの事が私、わかるようになったの。もしかすると、私もヤソ教になるかもしないわ。
北村 え? ヤソ教に?
俊子 ええ。……いえ、まだよく、わかんないけど、もしかすると、友兄さんのいう事が、いちばんホントじゃないかという気がする時があるの。……(不意にギクンとして、半身を起す)あ! あの――!
北村 (びっくりして)どうしたんだよ? どう――
俊子 お父さん、どこへ行ったの? え? お父さんどこへ行ったの?
北村 おじさんは、この上へ、あの――
俊子 ちがう! あぶない! 北村さん、早く。あの早く、お父さんをさがして!(ヨロヨロと立ちあがっている)
北村 え! どう――?(意味はわからないなりに俊子の様子があまりにただならないので、びっくりして、あわてて)なにを――?
俊子 早く! 北村さん! 早くさがして! 兄さん! 明兄さん! お父さんが――早く、早く!(北村が左手の傾斜をかけあがって行き、消える。俊子は両手を空に突き出して、ハダシで、そのへんの焼土の上を、さぐり歩きながら)明兄さん! 明兄さん!(叫ぶ)
明 う? ……(やっと[#「やっと」は底本では「やつと」]土から起きあがって、モーローとした眼で妹を見て)なんだ! どうしたんだよ!
俊子 早く、兄さん! 早く!
[#ここから3字下げ]
(そこへ、ここからは見えない崖の上で北村が、たまぎるような声で叫ぶのがきこえる)
[#ここで字下げ終わり]
俊子 あ!
明 どうしたんだよ、ぜんたい?
北村の声 早く来てくれえ、明君!
明 ……(崖の上を、まぶしそうに見あげて)なあんだよお!
俊子 早く行って兄さん! お父さんが――
明 ……(いきなりギャッ! というような叫びを上げ、兎が駆け出すように傾斜をかけのぼって行き、消える)
俊子 ……(今は声も出ず、見えぬ眼で、自分もそちらへ行こうと両手を突き出してウロウロする。壕舎の中では、リクが見も聞きもしないで、妙な手つきをつづけている。斜陽。飛行機のうなり声)
7
[#ここから2字下げ]
壁と鉄棒でできた非常にせまい箱の中。
壁の上部の小さな空気穴からの明りが、箱の中をボンヤリと照らし出している。他にも同じような箱が並んでいるが、暗くてよく見えない。男1(背広)、男2(和服――ヒトエ)、男3(シャツにズボン)、男4(和服――ユカタ)、の四人が、ひどい暑さと倦怠にグッタリと疲れきって、壁に背をもたせ、互いに押し合ったまま、ギッシリと並んで坐っている。四人とも、帯やバンドやネクタイなしで、ひものようなものを帯のかわりにしている。語るべき事は語りつくし、互いにまったく興味を失い果てて、死んだような無表情。時間の進行が停止してしまったような不動の中で、男4だけが、立てヒザにのせた前に垂らした左手を始終ヒク、ヒク、ヒク、と脈搏が打つように動かしている。
すこし離れた所から、静かな低い歌声。歌詞は聞きとれぬ。――間。
[#ここで字下げ終わり]
男1 ……(低くつぶやく)うるさいなあ。……うるさい。
男2 あれがきこえると、なお暑いような気がしゃあがる。お祈りをしているのかね?
男3 便所のそうじだ。
男4 ……頭ん中がスーッとする。……サンビ歌というものは、いいもんだね。
男2 わしにも便所そうじをやらしてくれんかなあ。ここに居るよりやマシだ。
男3 へっ、一日や二日じゃねえぞ、おおかた、もう一年になるんだぞ。三百六十五日だ。日に二度ずつなめて取ったようにキレイにするんだ。やれるもんなら、やって見ろい。
男4 へえ、すると、エスさまあ、ここへ来てから一年にもなるのかね?
男3 そうよ。……俺あせんに居た奴から聞いた。ヘヘ……なんしろ、今じゃ、ああして此処で別あつかいの、飼いごろしみてえになっているけど、はじめは、ずいぶんヤキを入れられたそうだ。左の腕も、それだ。なんしろ、憲兵隊でもやられたそうだからなあ。向うは荒いや。イキがとまった事が三度も四度もあるってんだからなあ。そんでも、ネをあげなかったそうだ。
男2 大将の父親が、あの大将のことを苦にして――世間に相済まねえというんで、とうとう、首をくくってしまったんだってねえ?
男3 お前どうしてそれを知ってる?
男2 こないだ調室で小耳にはさんだ。エスさまあ、しきりと、泣いていたっけ。
男4 そんでもウンといわねえのかね。
男1 ……気がヘンなんだろう?
男3 えれえと思うよ。
男4 あんな、まるで、オナゴみたいなおとなしい奴がねえ?
男2 ……ひでえもんだなあ。なにかね、信じこんだとなると、そんなになるもんかねえ?
男4 うう、暑い。
男2 え? 広い日本にヤソも多いだろうし――いや日本たあ限らねえ――アメリカだとか、西洋はたいがいみんなヤソでしょう? だのに、そんな話あ聞かねえし、そんな人間も現われねえのは、どういうんだね?
男1 直接ヤソ教に関係の有ることじゃないだろう。やっぱり、偏執狂というか――
男4 ああ。ああ。たまらねえ。……
男3 ちがう。俺あ、あの大将は、えらいと思う。つまり信念というかな、自分がこう思ったら、たった一人でもだ、ああしてがんばっているのは、よくよくの事だよ。なんかこう、神さまとか仏さまとか――つまり、そんなもんに近いような、おっそろしくえらい、この――
男1 フ……(声を出さないで嘲笑)
男3 なによ笑うんだ君あ?
男1 だって、精神病が、えらいとなったら君――
男3 精神病じゃねえよあの人は。だって[#「だって」は底本では「だつて」]どこもまちがってやしねえじゃねえか。よしんば気がちがっていたにしろだ、えらそうなエンテリづらをして、赤だいこんの腐ったようなマネをするよりや立派じゃねえか!
男1 なんだって、赤ダイコンだ?
男3 ……フ。お前さん、アカなんだろ? そいで、ペチャペチャにあやまっちゃって、タバコなぞを当てがってもらってシュキを[#「シュキを」は底本では「シユキを」]書いてるそうだね? この戦争は聖戦でございますだって? ヘ、笑わしやがらあ。そんな奴よりや、エスさまの方を俺あ信用するね。
男1 いいだろう。それで、君は、ぜんたい何だよ?
男3 俺あスリだよ。闇屋だ。闇屋でスリで、ゴロツキだ。
男1 だから、この戦争をどう思っているんだね?
男3 戦争は戦争だあね。聖戦でも不聖戦でもありやしねえ。喧嘩だ。そんだけの話だ。あんまりリコウもんのする事じゃねえよ喧嘩なんて。しかし、これで、起きちまったもなあ、しかたがねえからこんで、やっつけるまでだ。
男1 同じじゃないか。だから此の戦争を戦い抜いて大東亜共栄圏を作り上げることは、日本の任務なんだから――
男3
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