のか? 君の兄弟姉妹が、今どんなに苦んで――妹なども君の事については、とても、とても、苦しんで、心配して、――どうして君はこんなにわかってくれないんだ? 神さまは、そんなに君をかたくなな人間に――
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(そこへ、わりに近くで、ウーッとサイレンが鳴りひびいて来る。一同ちょっとハッとする)
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黒川 ……(しばらく、聞きすましていてから)来たな!
宗定 警戒警報だろう? だいじょぶだよ。
今井 いゃあ、たしか、昼前の警報がまだ解除になっていなかったから――ああ、やっぱり、空襲警報ですよ!
黒川 ……(構内のどこかで、ラジオが鳴っている。それに耳をかたむけていたが、よく聞きとれないので)うむ。どれどれ――(ソソクサと出て行く)
今井 (宗定に)やっぱり、そうのようです。待避なさったら?
宗定 そうさねえ。……(友吉や義一や人見を見まわしていたが)うん。……
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(急に小走りに室を出て行く。今井は、友吉や他の者たちをどうしようと思って、ちょっとためらっていたが、警報がやつぎばやに聞えて来るので、あわてて、三人をそのままにして走り出して行く。あとに取り残された友吉と義一と人見の三人。友吉はボンヤリして、あたりを見まわしている。義一は急に刑事たちの立ち去った理由がのみこめないでキョロキョロする。人見は苦悩に打ちひしがれて、しばらくは見も聞きもしないで石のようになっている。……断続してひびいて来る空襲警報)
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人見 あ!(不意に我れに返って、いっぺんに事態をさとって)いけない! 空襲だ! ええと、友吉君――(義一に)あんたも、この、あぶないから、――(友吉に)いつも、なにかね、そのまま、留置場に居るのかね、空襲の時は?
友吉 ええ。
人見 じゃ、早く、この――(義一に)あんたも――
義一 こんな野郎は、わしの子じゃない! わしはこんなダイソレた子を生みつけたおぼえはない! 先生、あんたを、わしはうらみますよ! なんでまた、よりによって此奴を――そうですよ、今どき、こんな奴は、日本国中に、此奴一人しきゃ居らん! わしは、うらめしい、先生!
人見 それは私も――しかし、とにかく――
義一 こんな奴を、わしの子供に生んでしまった此奴の母親を、わしあ、叩っ殺してやりたい! ――(いっているうちにカーッとして、フラフラと立ちあがり、友吉に近づき、いきなり襟くびをつかむ)死んでしまえ! 早く死んでしまえ!
友吉 ……(その父の、ほとんど錯乱した顔を見あげていたが)お父っあん!(泣く)
義− よし、わしが、じゃ……(ふるえる両手に力を入れて友吉の首をしめはじめる。友吉抵抗せず)
人見 まあまあ、おとっつあん!
義一 わしが、わしが、此奴を生みつけたんだ! わしが殺してやる! このチキショウめ!(けんめいに力を加える)
友吉 く、苦しいよ、お父っあん[#「お父っあん」は底本では「お父つあん」]! かんにんして――
人見 ああ! ちょ、ちょ、ちょっと、そんな――(恐怖と苦悩のために、両眼が飛び出しそうな顔で、動けなくなり、畳に突っぷして、両手を組合せる。義一に首をしめられた友吉の顔が次第に土気色になって、眼が釣りあがって来る。……その間も、底気味悪いサイレンは断続してひびいてくる)
5
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夜の会堂。
木造の貧弱な教会の内部で、久しく集会も廃されて、あちこちと荒れすたれ、一隅は人見兄妹の起居に使用されている。粗末な木のベンチが一方に積みあげてある。
ローソクが一本、窓の下の台の上にともっており、その光が窓にはめたささやかなステインド・グラスを照らしている。そのローソクに向かい、ユカにひざまずき、ベンチの坐板に組合せた両手を置き、それにヒタイをつけて、動かないでいる治子。……
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治子 ……(はじめ、ささやくように)神さま……わたくしたちをお助けください。……友吉さんを、お助けください。……それから、兄さんを、お助けください。……それから、友吉さんのお父さん、お母さん……明さん、妹さんを……お助けください。どうぞ、どうぞ、お助けください。神さま……(ウ、ウ! とすすり泣きそうになった声をおさえつけ、しばらく黙っていてから、つとめて静かに、「教会式」なとなえかたで)……天にましますわれらの父よ、願くばみ名をあがめさせたまえ。み国をきたらせたまえ。み心の天になるごとく地にもならせたまえ。われらの日用のかてを今日もあたえたまえ。われらにおいめある者をわれらが許すごとく、われらのおいめも許したまえ。われらを試みにあわせず、悪より救い出したまえ。国と力と栄えは、なんじのものなればなり。アーメン。……(かなり永く黙っている。フッと顔をあげる、こっちの暗い遠い所を、なにかを捜し求めるように、また、それをとがめるように、深い目でジッと見る。白い頬が時々ピクリとする。……やがて顔全体が、ゆがんでくる)……だれが、まちがっているのでしょうか? ……どこの国が……どんな人たちが、まちがっているのでしょうか? ……みんな、みんな、まちがっているのでしょうか? ……それとも、あなたが、まちがっていらっしゃるのでしょうか? ……みんな苦しんでいます。みんな、私たちは、どうしてよいかわからないで、死にそうになっています。……みんな、私たちは、お互いどうしで殺し合っています。……私たちを助けに、早く早く、来てください。ホントに、あなたがいらっしゃるなら――私たちを、助けに来てください。(ささやくように、暗い中を見つめている間に、次第に熱して来て、眼がキラキラと光って来る)……あなたが、いらっしゃるのが、ホントの事ならば――神さま!(ガバと、再びベンチに顔を押し当て、早口に、シドロモドロに祈りはじめる)私たちを助けに来てくださいまし! 昨日は、私たちの工場に爆弾が落ちて、私のお友達が十八人、いっぺんに死にました。そして、日本の兵隊も向うの人をドンドン殺しています。……どうか、やめさせて下さいまし。あなたがいらっしゃるのでしたら、もうこんな恐ろしい事は、やめさせて下さいまし。あなたさまの力で、やめさせて下さいまし。私たちを助けて下さい、神さま! 友吉さんを助けてください! 兄さんを助けて下さい! 友吉さんの家の人たちを助けて下さい! あなたは、私たちの救い主でいらっしゃいます。あなたは天と地の主でいらっしゃいます。あなたは全知全能の神でいらっしゃいます。あなたのおぼしめしがなくては、野原の小さな花も咲きません。空の小鳥もあなたのおぼしめがなければ、死んで落ちるという事はありません。あなたは、すべてを知っていらっしゃいます。あなたは、どんな事でもおできになります。あなたを、私は信じます。どうぞ、どうぞ、あなたのお力で私たちを助けて下さいまし!(その言葉の中に、薄暗がりにある戸が開いて、兄の人見勉が入って来る。妹の祈りの言葉に立ちどまって、こっちを見ていたが、やがて近づいて来る。ローソクの光の中に浮びあがって来た彼の姿は憔忰し切っている。左手に鉄帽をかかえている。青いボンヤリした顔で妹を見おろしている。治子は祈りの中に我れを忘れて、兄の入って来たのを知らぬ)……私たちを――私を――恐ろしい試みに逢わせないで下さいまし。友吉さんは、善い人です。あの人のように、正直にあなたを信じている人は居りません。美しい心の、やさしい人でございます。そして、あの人は今、ひどい目に逢っているのです。あの人に罪が有るとするならば、それは、ただ、あの人があなたさまを信じたという事だけでございます。あの人にとって、そのために、つかまって、ひどい拷問にかけられたり、家の人たちがセケンから迫害されたりする苦しみをこらえているよりも、兵隊になって出征してしまう事が、ズットズット、ラクなのです。それを、あの人は、あなたさまを信じたために、あなたさまの御子イエスさまのお言葉を信じたために、――そして、ただそれだけのために――死ぬよりも苦しい目を見ています。……そして、友吉さんを、あなたさまのミモトに導いてあげたのは、私の兄でございます。私を導いてくれたのも、兄でございます。(人見がピクンとする。そして、声をかけようとするが、口がパクパクするだけで、声にならぬ)兄に罪が有ったでしょうか? 神さま、あなたのお示しによって友吉さんを、あなたさまのミモトに導いた兄に罪がございますでしょうか? 兄は善い人です。兄は悩んでいます。兄は、自分で自分を疑いはじめています。そして、あなたさまを疑いかけています。兄は、かわいそうです。……早く早く此処へ来て下さい。そして、私は此処にいる、安心するがよい、苦しみを耐えしのべといって下さいまし。そうしたら、兄は安心して、どんな苦しみにも耐えて、あなたさまの栄光と、さばきの日を信ずることができるでしょう。兄は何一つ、むくわれる事を望んでいるのではありません。ただ、栄光とサバキを信じながら――あなたさまに、すべてをおまかせして、そのためにはどのような苦しみにも耐えようとしています。ただ、あなたさまを信じないでは、兄は一刻も耐えて居られません。兄の苦しみは、それほどまでにひどいのです。どうぞ、どうぞ、神さま、あなたさまを信じさせて下さいませ。一刻も早く、あなたのいらっしゃる所から……此処へ降りておいで下さいまし。そして、友吉さんや兄に、よしよし私は此処にこうしている、此処にこうしてお前達を見ていてあげる、とおっしゃって下さいまし。神さま、私たちを――
人見 治子……おい、治子。
治子 ……(兄を見る。すこしもビックリしない。何かにとりつかれたような眼で、兄を見守っている)……いつ、帰って来たの?
人見 うん。……夕飯は食ったかね?
治子 じゃ、警察では、もう、帰っていいって――?
人見 いや、どうせ、また呼ばれるんだろう。
治子 そいで……友吉さんは?
人見 やっぱり同じだ。……からだが、だいぶ弱って来てるようだ。……そこへまた、お母さんも呼ばれてね……あのお母さん、警察であばれてしょうがないので[#「しょうがないので」は底本では「しようがないので」]、今、私が家まで送りとどけて来た。
治子 俊子さんの眼、どうかしら?
人見 まだホウタイが取れないで寝ていた。
治子 お医者にはかかってるかしら?
人見 さあ、あすこも金がないようだからね。
治子 どうして会社の方で、病院に入れてくれないのかしら? だって、挺身隊に出て働いてる最中に空襲を受けて眼をやられたのだから、俊子さん、りっぱな公傷でしょう?
人見 ……でも、こんなテンヤワンヤで、そんなこともチャンと行っていないんじゃないかね。
治子 ……そいで、くらしの方は、あすこの――?
人見 おやじさんの時計の修繕の仕事もあんまりないようだし、明君がカツギ屋をやってるらしいがタカが知れたもんだろう。
治子 ……すると、しかし、明さんが出征してしまえば、あと、どうなるんでしょう?
人見 ……うむ。……夕飯、まだなんだろう?
治子 ええ。配給が遅れて、なんにもなくなって――
人見 これをお食べ。(鉄帽をベンチの上に置く)大豆だ。すこし買ってね、半分だけ片倉んとこに置いて来た。……ううん、イッてあるよ。――
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(疲れ切った様子で、くずれるようにベンチにかける)
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治子 私より、兄さんお食べなさい。
人見 いや、私あ、いいんだ。お食べ。
治子 ……(鉄帽の中から大豆をつまんで噛む)
人見 ……(自分も手を伸ばして大豆をつまみながら)治子。
治子 …………?
人見 お前、友吉君を、好きかい?
治子 …………?
人見 好きだね? そうだろう?
治子 ……(マジマジと兄を見つめている)
人見 いや、私のいうのは……ただ友だちとして、また、同じ、この信仰上の、なにとしてでなくだよ……いや、それもあるにはあるが……それだけじゃなくさ……つまり、男性として……なんだ、つまり、
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