ない、現にお前は愛しているのか?
友吉 ……(まだ人見を見ながら)はい。……そうです。あの、なんじの敵を愛せよと、あの――
宗定 われわれの兄弟や姉妹や、罪のない子供までバタバタ殺している敵だぞ?
友吉 (青くなって下を向いた人見から視線をそらされてしまって、しかたなく宗定を見て)はい。でも……日本人も、向うの人を殺したりしているんですから――あの、ですから、どっちが悪いとかではなくて――戦争は、いけないんです。人が殺し合う、あの、戦争は、やめなければ、いけないのです。まちがっています。おそろしいです。みんな、こんな事をしていると、サバキの日に、地獄に落ちます。……予言してあります。……みんな、そんな事は、やめて祈らなくては、なりません。祈って、あのたがいに許し合って――
宗定 ……(聞いているうちに、怒りが心頭に発して来て、まっさおになってイスから立ちあがっている)おそろしい……地獄……じ、じ、じ――(と口うつしに無意識にいっている間にワーッと叫びかけるが、その激怒頂点で、耐えきれないほどおかしくなって)ヒ! ヘヘヘ! たがいに、許し……フフ、アッハハハ、ハッハハ、ヒヒ! ハハハ、ヒヒ! チキショウ! ハッハハハ!(とめどなく笑う。黒川も今井も釣られて笑い出す。最後に人見までが、歪んだ顔で笑い出している。義一だけが恐怖のまじった、いぶかしそうな顔で一同を見まわしている。友吉はただいぶかしそうな眼で皆を見る)
今井 ワッハハこれですからねえ! 話にゃならんです、ハハハ、ヒヒヒ!
宗定 ……(ピタリと笑い止んで、まだ笑っている今井の方を見ていたが、又ニヤニヤしはじめそうになって来る自分に腹を立て、スッと立って今井の方へ行き)……なにが、おかしいんだ、君あ? ――(イキナリ、猛烈ないきおいで、今井の頬をピシリッと打つ。今井が、いっぺんに笑いを引っこめて、不動の姿勢をとる。他の一同もシーンとなってしまう。……宗定、サッサとイスにもどって来て低い声で)じょうだんじゃないぞ。……なあおい?(友吉を見る。すると又、笑えて来る)フフ!
友吉 はい。……(スナオにコックリをしてから、衰弱した青白い顔で花が開くようにニコッとほおえむ)
宗定 ……(その微笑を見ているうちに、なにかギクッと顔色を変える。人見は、宗定と友吉をかわるがわる見ながら、膝の上の両手を腹のところでシッカリと組み合せている)……(低い押しころした声で)ぜんたい、お前は誰だね?
友吉 は?
宗定 お前は、なんだ?
友吉 ……はい。片倉友吉という――
宗定 そうじゃない。そんなお前、今どき、この――
友吉 時計工で、あのう、――組立てやなんか――時計屋であります。
宗定 そりゃお前、そんな――(ついに、くたびれてゲンナリしてしまい、しばらくだまっている。……間。……誰もなんにもいわない。‥…宗定やっと自分から回復して、今度は怒りを底に沈めた事務的な調子で)……よし。そりゃまあ、よろしい。これが最後だからね、いいね?(内ポケットから調書を取り出して、ペラペラめくって見ながら)かんたんにいう。ええと――お前は、戦争は、やめなければならんといっているが、これは昨日や今日はじまったものじゃない。いろんな原因が押せ押せになって、しかも、相手のある仕事だ。あれやこれやの原因が次ぎ次ぎとノッピキならずつながり合って、遂にしょうことなく此処まで来たものだ。……つまり川の水が流れくだって来たようなもんだ。よさなければならんと、いくら思っても、押しくだって来た水の勢いを、今ここでせきとめるわけには、いかん。不可能だ。いいかね? しいて、とめようとすれば、おぼれる。つまり、今、よせば、こっちの負けだ。……それでも、やめるのかね?
友吉 ……でも、はじめ、日本からしかけたのですから――
宗定 真珠湾攻撃の事かね?
友吉 ……はい。
宗定 しかしそれは、向うが日本を包囲してしまってだな、手も足も出なくさせたからじゃないかね? つまり、武器を取って最初に立ったのは此方だが、向うは武器以上の根強い経済封鎖なんかという方法で此方の首をしめて来た、つまり、そういう意味では、手を出したのは向うだともいえる。どうだね?
友吉 でも、日本ではその前に満州を取ったりなんかしていますから――
宗定 満州にしてからがだ、わが国では、これだけの人口を、これだけの土地ではどうしても養えない。だから、けっきょく、やむにやまれず、満州に進出した。
友吉 でも、満州は、よその国だったんですから――
宗定 横取りするのは、いけないんだね? よろしい。すると、日本はどうして日本全国民を養えばいいのだね? 土地がなければ、食べる物がたりないんだぜ?
友吉 世界中の人たちが、それは考えてくれて、なんとかしてくれなくちゃ、いけないんです。それを考えてくれなかった向うの人たちも、そりゃ、いけなかったと思います。だけど、そりゃ、なんとか話して頼めば、わかってくれると思うんです。それしないで、いきなり、軍隊でよその国をとったりするのは、まちがいでございます。
宗定 なるほど。……わかったわかった。すると、今、わが国がこれだけ総力をあげ、人命をギセイにして戦っているのが、聖戦でもなんでもない、つまり強盗と同じ――侵略戦争なんだね?
友吉 ……戦争は、みんな、よくない事です。
宗定 よしと。……しかしなあ、開戦以来、敵の飛行機はドンドンこっちへやって来て、バクダンを落しているが、日本の飛行機は一機だって半機だって向うの本土には行ってないね? それでも日本のしているのは侵略戦争かね?
友吉 戦争は、だれがしても、どこの国がしても、よい事ではありません。
宗定 一番悪いのは日本だが、しかし日本だけが悪いんじゃないんだな? よしよし。ところで、お前はこうして出征するのをこばんでいるが、こんなことをすると、国家の法律や軍刑法で、どんなふうに処罰されるかという事は、知っておるね?
友吉 はい。……
宗定 知っておると。……それを知っていても、出征しないというのは、なぜだね? こうしていれば必ず殺される。出征すれば、うまくすれば死なないですむかもしれんねえ? なぜかね?
友吉 なんじら、互いに愛せよと――
宗定 わかった、わかった! そりゃわかっている。だからさ――
友吉 殺すなかれと、あの、エスさまがおっしゃって……殺すとエスさまに、しかられます。そして地獄に落ちます。出征すると、人を殺さなきゃなりません。……ここで死刑になれば、エスさまの、あの、天国に行けますから、ぼくはあの――ですから、ぼくは、死刑になってもいいんです。
宗定 よろしいわかった。うむ。……しかし、そのエスさまだって、天国だって、死んでから先きの事だろうが? ホントにいらっしゃるものやら、ホントに有るものやらわからんのじゃないかね?
友吉 いいえ。……天国のことは、なんですけど、エスさまは、いらっしゃいます。留置場に時々、あの、ぼくは見るんです。
宗定 ふむ。……お前は、この、宗教上の狂信者というものが有るという事は知っとるかね?
友吉 はい。
宗定 自分がそれじゃないかと思った事はないかね? つまりキリスト教に夢中になりすぎて、自分の頭がどうにかしてしまったんじゃないんだろうかと思った事はないかね?
友吉 それは、そんなふうに思ったことも、あります。しかし、僕の頭はどうにもしたんじゃありません。エスさまは、チャンといらっしゃるんですから。
宗定 ふんふん。よろしい。大体まあ、それでよいが、この、なんだぜ――
人見 ああ! ……(それまで宗定と友吉の問答の一つ一つを、緊張のために眼をむきだして聞いていたのが、この時、苦脳のうめき声を立てる)あの、なんです、この……おい片倉! 君も、この、君は考えてくれなくては困る! 信仰は――この宗教上の信仰の点では、君は、えらい。いや、その、えらいようだけれども、それは君、狂信だ。たしかに狂信だ。そりゃ、聖書に書いてあることを、そのままに信ずるという事は、大事ではあるけれど――いや、この、聖書のことだって、いろいろの解釈が有るのだ。解釈しだいで、この、なんです、つまり――いや、われわれはキリスト教の信者であると同時に、いや、信者である前に、日本国民だよ。だから、信者として守らなければならぬ信仰上の事がらも――いや、それも大事だけれど、その前に、日本国民として守らなければならぬ事が有る。それを忘れてだな、聖書の言葉をウノミにして自分を押し通そうとする事は、日本国民としてあるまじきことだし、いや、それよりも、実はキリスト教徒として、それは、まちがっている事だ。いいかね、友吉君! 今、君がいったような事は、言葉の、文字の上では正しいようだけれど、実際に於ては、まちがっている! そうじゃないか? だって、向うには、つまり敵国は、キリスト教国なんだから、日本よりたくさんのキリスト教徒がいる。その国が、その国の人間が、誰も戦争に反対してはいないのだ。進んで戦争に参加しているじゃないか。え、どうだ? それを見ても、君のそのような狂信が――
友吉 ……それは、向うのキリスト信者も、まちがっているんです。
人見 そ、そんなふうに思うのは、君のゴーマンさだ。世界中の人間がまちがっていて、自分だけが正しいと思うのはゴーマンさだ。いいかね? 信仰上の事は、神の国のことだ。霊に関することだ。しかし、われわれが生きているのは、この世だよ。この現世だ。つまりケーザルによる社会だ。われわれには霊も有るが、肉体も持っている。肉体には、食物も必要だし、食物のためには、戦うことも必要だ。そのためには、しかたがなければ戦争もしなければならぬ。つまり、われわれが生きて行くため――肉体を生かして行くためには、好もうと好むまいと、必然的に戦わなければならんのだ。肉体自身が、そのままで一個の戦いだからね。つまり、戦争というものは、肉体にとって、やむにやめない、つまり運命なのだ。避けようとして避け得られない結果なのだ。そのように、われわれは生みつけられているのだ。そういう肉体を持ちながら――そういう肉体をたもち、永らえて行きながら、その必然の結果である戦いだけを否定するという事は、ムジュンしているんだ。いいかね? すなわち――
友吉 ですから、ぼくは、死刑になってもいいんです。
人見 君一人は、それでいいかも知れんさ。しかし、君の親兄弟や、今の聖戦で、総力をあげて戦っている全国民はどうなるかね? みんな、死ねばいいのかね? ……そらごらん! 君はまちがっているんだ。まちがっている! 絶対に、この――だから、どうか頼むから、眼をさましてくれたまい。私は――
友吉 だけど、僕を導いて、信仰をあたえてくださったのは、先生じゃありませんか。洗礼もあの――。ぼくがいっているのは、おとどし、先生がぼくに教えて下さった通りですもん――
人見 ……(ギクッとして、黙り、友吉を睨んでいたが、やがて苦しみのために、上体をうつぶせに畳に倒し、両手を額の所に組み合せる)ああ! 神さま! 私は――(いいかけて、自分が祈ろうとしかけている事に気附き、ビクッとして起きあがり、宗定や黒川などを、おびえた眼で見まわす。宗定も黒川も、今井も義一も、だまって人見を見守っているだけ。……カーッとして叫ぶ)それは、それは――私が君に教えてあげた事は、そういう意味じゃなかったのだ! そんな、そんな――君のように解釈するのは、まちがいだ!
友吉 殺すなかれ、なんじら互いに愛せよというのは、じゃ、あの――?
人見 ……(涙をバラバラとこぼして)君を、私は助けたいのだ! 救いたいのだ! 君の考えは、まちがっている! そうだ、そんなふうに解釈するんだったら、私のいったことは――私が君に教えたことは、まちがいだった! つまり、それは誤解であって――
友吉 ちがいます。先生には、悪魔がとりついたのです。エスさまは、そんな――
人見 ああ! 友吉君! そんな君! 君はゴーマンにとりつかれている! 君は、この世の中にたった一人で生きていると思っている
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