、なんだ、いちおう、この……いやいや、明君自身に対しては、別にいうべき事はなんにもない。先日からなんども話し合って、私あよく知っている。来年は自分もチョウヘイで[#「チョウヘイで」は底本では「チヨウヘイで」]、そうなったら、直ぐに特攻隊に志願するんだといってるしね、まじめな、今の日本の現実をよく認識しとる点でも、立派なもんだ。ただ、ああいう兄を持ったのが、まあ、不運なんだねえ。まあ、あきらめてくれるんだねえ。で、明日から、会社へは出て来させないように――わかったね? ……(義一のシルエットがガックリとうなずく)気の毒だ。あんたは、からだが不自由のようだし、息子たちがそんな事では、生活の事もあるだろうが、どうも、私などの力では、どうにもできない。まあなんだ……ええと、友吉の方は、憲兵隊の方にいつまでも置いとくわけには行かんし、――いや、もしかすると、発狂したんじゃないかという疑いで、精神カンテイもやらしたらしいが、そうでもないらしい。しかたがないので、警察の方へまわしたようだ。本人があの通り、まるでおとなしい。ただ反抗するというのとは違うしねえ、ただのチョウヘイ[#「チョウヘイ」は底本では「チヨウヘイ」]・キヒとも違うという事は憲兵隊でもわかったらしいんだ。どうもこの、なんだ、宗教は阿片なりというが――いや、意味はすこし違うかもしれんが、とにかく、信じこんだとなると、実にひどいものだねえ。実は、洗礼をしてやった人見勉自身が、おどろいているらしいんだ。いや、人見は先日退職してもらった、うむ。自分でも責任を感ずるというしね、善い人間だけど、この際まあ、しかたがないから……人見の妹が、やっぱり仕上げ部の検査の方に来ているが、あれは挺身隊なんだし、まあよかろうというんで、そのままにしてあるが……あれは、なにかね、友吉と特別に仲が良かったとか、この恋仲だったなんていう向きもあるが、そうなのかね?(義一のシルエット動かず)……ええと、しかし、なんだね、今後の事もあるし、まったく困ったもんだねえ君んとこも。なにかね、君の家には、この、宗教を信じて、なにかこの、夢中になってしまうといったふうの血統というか、そんなもんが有るのかねえ? ……友吉の母親――つまり君の奥さんは、以前、天理教にこった[#「こった」は底本では「こつた」]事があるんだって? うむ、そういったふうの血すじが友吉にも伝わっているかも知れんねえ。しかし、君あたしか、郡山――だったね? ――の士族――たしか、そうだったね? そういう家柄から、こんなふうな、とんでもない人間が、どうして出たものか? 明君の下に妹がもう一人居たね、たしか? フム。……まあまあ、なんだなあ、私の方も、よく心がけておくから、君の家でも、まあ、出来るだけ、友吉の事は世間にパッとしないようにして、この、キンシンしてだ。そいじゃまあ、今夜のところは……どうも、御苦労さまでした。……じょさいはないだろうが、今夜のことは私と君の間だけの話として、なんだ……そんなわけで明君の退職の……(そこへ、突然、奥から四、五人の足音がドカドカとあわただしく近づいて来る。お! といって課長が奥を見る)
奥の声 (ドアを三つ四つ叩いて)課長さん! 課長さん! 課長さん!
課長 なんだ、誰だ?
奥の声 旋盤部へ来て下さい。
課長 どうしたんだ?(立つ)
奥の別の声 片倉が、又、あばれているんです。
課長 なんだって?
奥の声 片倉の明ちゃんを、みんなが取り巻いて、この――
課長 よし、すぐに行く――(行きかけて、こちらを振向いて、義一を見る)ね? また、なにか、はじめたらしい。
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(その課長の視線に射すくめられて、義一のシルエットが、だんだんに前こごみに低くなって行く)
[#ここで字下げ終わり]
3
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同じ工場内の仕上部の一角(クローズ・アップ)管制用の電燈のエンスイ形の光に照らし出された仕上台をはさんで、正面にこちらを向いて、人見勉の妹の治子と、向う向きになって背を見せた、その同僚の静代の二人が、それぞれ、流れ作業の台の上に押し出されて来る小さい長方形の金属ブロックを仕上台に取りつけてあるミクロメータアに当てがって見ては、合格品と不合格品を別々にキチンと積みあげて行っている。動作は器械のように正確にすばやい。正面を向いて明るく照らし出された治子の表情は、どんなに小さい所までもハッキリと見られるが、語っている静代は向う向きの逆光のため、ボンヤリと大きなシルエット。(前場の課長と義一の関係を逆にしたものである)作業のリズムとテンポには無関係な低いトギレトギレの言葉。
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静代 ……だってそうじゃないの、なにも弟さんに責任の有ることじゃないわ。それを、みんなで、よってたかって、迫害するという法はないじゃありませんか。……そりゃ、今、世の中がこんなふうになって、みんなが増産のためにシンケンになっている最中なんだから、そこいもって来て、あんな人があらわれれば、フンガイするのも、もっともじゃあるけど――いえ、私たちだって、こんな毎日夜業までして働いているんですもの、あなたの前だけど、チョット腹が立つわ、正直いって。……だけど、明という人にゃ、責任は有りゃしない。そうじゃなくって? そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]、治子さん?
治子 ……ええ。
静代 卑劣だと思うのよ、罪もない人を、おおぜいでイジメるの! 卑怯よ! みんな、卑怯だわ! それも、ホントウにシンから国のためを思って……つまり自分もホントウに国のために命を投げ出してかかっている人が、その事をフンガイするのなら、まだわかるけれど、たいがい、忠君愛国はおれ一人といったふうにノボセあがって良い気持になったり、人のオッポに[#「オッポに」は底本では「オツポに」]附いて、つまり附和雷同ね、そいでワーワーいっているのよ。私知ってるわ。ゲンに此処の工員の人に、ホントウに国のためを思って働いている人なんか、かぞえる程しきゃ居ないのよ。たいがい、しかたなしのイヤイヤながらよ。戦争のナリユキについてだって、そうだわ。もう、こうなったら負けたって勝ったって、どっちでもいいから、早くおしまいにしてくんないかなあ、というのが、たいがいの人のホントの腹の中だわ。カゲでは、みんなそういってる。それをしかし、口に出していうとしばられるもんだから、おもてむきは、忠義みたいな顔をしているんだわ。そうなのよ!
治子 …………
静代 ……(しばらくだまってから)だけど、なんだわね、また、考えてみると、みんなが腹を立てるのも無理もないとも思うのよ。そりゃ誰にしたって、こんな戦争――自分たちにはワケもわからないままにガヤガヤとはじまってしまって、つらい事ばかりの戦争なんか、早くなんとかならないかと思うには思うけれど、とにかく、はじまってしまった戦争、こんだけいっしょけんめいになって、たくさんの人を死なせて、ここまで来た戦争ですものねえ、負けたくはない、負けたらたいへんな事になる、それには、なにがなんでも、とにかく、みんな心をそろえてやりぬかなくてはならんという気持もウソじゃないと思うのよ。……私だって友吉っあんの事を聞いた時には、正直いってトテも腹が立ったわ。あんまり一人がってだと思ったのよ。だって、そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]? ……私は、一番上の兄さんは、満洲で戦死したんだし、そいから、イトコにも一人、ビルマで戦死した人がいるの。……そいから、あとしばらくすれば結婚する筈だった――その人も去年応召して南方に行ったんだけど、この半年ばかりタヨリがまるきりない。……もう、たぶん、死んだんじゃないかと思うの。……自分は、日本国民のために、いや、つまり、その日本国民の中には、静代さん、あなたがはいっているんだ、つまりあなたがたのため、命の限り戦って来ます。……そういってニコニコして行ったのよ。忘れないわ、私……あの時の顔を忘れられないの、私。(仕事の手は休めないで、すすり泣く)……それを思うと、石にかじりついたって、私――
治子 ……(涙を流している。仕事の手は休めない)
静代 それを思うと、私、ホントに、腹が立つの。国民全部が、こんだけなにしているのに、自分だけ、そんな事って、あるもんじゃないわ! でしょう?
治子 ……(たえきれず、次第に顔をふせ、ミクロメータアの上に額をつける)
静代 ……いえ、私、アテツケにこんな事いっているんじゃないの。あなたと友吉さんが親しかったんで、それをアテツケにいってるんじゃないのよ! まるきり、アベコベだわよ。あんたにだからいえるの。そうだわ、ほかの連中なんかに、こんな事いいたくなんかないわ。わかってくれる、治子さん? くれるわね? ……そうなのよ。だからね、友吉さんを憎んでいる人たちの中には……いえ、そりゃ、大部分がワイワイ連中だけどさ、なかには――いえ、そのワイワイ連中の気持の中にだって[#「中にだって」は底本では「中にだつて」]――私と同じような、やっぱりシンケンにあの人を憎まないわけにはいかない人だって[#「人だって」は底本では「人だつて」]いるのよ。……だって[#「だって」は底本では「だつて」]、戦争が善いの悪いのというんだったら、はじまる前にいわなきゃならないんだわ。はじまってしまって、こっちが殺したから、むこうが殺すというように、両方で押せ押せになってやりはじめてしまった後になって、善いの悪いのといってみたって、なんの役に立つの?……
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(ながい間。……ミクロメータアにうつぶせになっている治子の白いエリアシを静代が見つめている。流れ作業のベルトが、その間にも廻転している音がリズミックにつづいている)
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女の声 (奥から、いかつく)人見治子さん! 山下静代さん! あんたがた、どうしたの! いまこの工場で、能率をおとすような人は、国賊ですよッ!(静代と治子がピクンとして、――治子は顔をあげて――いそいで仕事をはじめる)われわれ女子挺身隊は、敵をたおすために働いています! われわれの職場は第一線の戦場です! われわれは兵士です! 撃ちてし止まんの覚悟を忘れた人は、日本人ではありません!
静代 ……(だまって、しばらく仕事をつづけた後で、顔を動かさないで、おしころした低い声で)監督さん、まだこっちを見てるわよ。……ごめんなさいね、治子さん。
治子 (これもささやくように)いいのよ、いいのよ。
女の声 われわれは、勝ちます! あくまで勝って勝って、勝ちぬきます! われわれは、われわれの手も足も、血も命も、カンキをもって[#「もって」は底本では「もつて」]国にささげます。カンキをもって[#「もって」は底本では「もつて」]!
静代 ……フ。ナチスの真似よ、あれ。……勝ちます。……カンキをもって。……勝てやしない。……勝ちたいけどさ。……勝てやしないわ。……だって[#「だって」は底本では「だつて」]、見てごらんなさい、こうして、飛行機の計器をこさえている。この、現に、このメータア、どこ製なの? ……向う製よ。……そんで、勝てるの? ……手や足や血や命なら、カンキをもって、いつでも、ささげる。けど、そんなものが、なんの役に立つの? ……フ。……(正確に手を動かしながら、その間を縫って低く)ああ、行っちまやがった。……いや、まだ見てる。チキショ。……でも、なんだわねえ、治子さん(治子の方は見ないで)……とにかく、ユーカンだわね。……こんな中で、たった[#「たった」は底本では「たつた」]一人で、あなた、……バカかキチガイでなきゃ、だれがいえるの? ……あんな、すこしポーッとしたような……組立部じゃ、あの人、お嬢さんお嬢さんていわれてたっていうんでしょ? ……そんな、おとなしい人が、いくらヤソ教になったからって、どうしてそんな思いきった事がやれるのかしら? ……ヤソ教というものが、そうだったら、なに
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