、日本人の血液を持ち、そして、それとは、ちがった国土にぞくしていて、今度の戦争に出あいました。……いろいろの、むずかしい問題にうちあたりました。戦争は終りました。もう過ぎ去ったことです。もう戦争はごめんだと思います。しかし、むずかしい問題が、みんな解決されたとはいえません。問題は残っています。そのために、まだゴタゴタしています。コールド・ウオー冷たい戦争――武器をとらぬイクサ――それは既にはじまっていると新聞などに書いてありますね? つまり、それを、武器を取ったイクサにまで持って行かぬようにするためには、われわれは、どうすればよいでしょう? どう思います?
友吉 ……わかりません。僕には、よくわかりません。
木山 ありのままに――思ったとおりに、いってくれませんか。私はマジメです。ソッチョクにいってくださってよいです。たとえ、どんな事をいわれても、怒りません。
人見 ハハ、ハハ!(と、ヘドモドしている友吉の様子を見て笑い出す)いったらいいじゃないか、片倉。……(小笠原も、おもしろそうに眺めている)
木山 ……それでは、あなたは、私たちを、憎んでいるのですか? 今度の戦争で、自分たちを負かして――こんな、メチャメチャにひどい目にあわしたのだから、私たちを、あなたがたは、憎んでいるのですか?
友吉 そんな――いいえ、そんな――そんな――負けた方にとっても勝った方にとっても、悲しい――悲しい事だったんですから――そんな――
木山 なぜ、それならば、いってくださらないのですか?
人見 ハハ、いったらいいじゃないか、思った通りに――
木山 おたのみします。
友吉 ……(追いつめられた者のように、そのへんをキョロキョロ見まわしたりしていたが、やがて自分の顔前一尺くらいのところに突きつけられている木山の真率な眼つきにヒタと吸いよせられて)……あの、それは、……僕はその――いえ、今度の戦争で、あなたがたは勝ちました、日本は負けました。……負けるのは、あたりまえかもしれません。……まちがっていたんですから。……良くない事をしたんですから。……思いあがっていたともいわれます。……そいで負けました。負けて、こんなに、なにもかも、ひどい事になってしまいました。しかし――しかし、日本が負けたのは、連合国に負けただけでしょうか?(しきりと自分の言葉をまとめようと努力しながら)……うまくいえませんけれど、日本は、ホントは日本に負けたのではないでしょうか? ……いえ、つまり、世の中の、なんです、ヨーロッパもアメリカも日本も、そのほかの国の人々みんなをつないでいる――もっと大きな、なんといいますか、つまり、もっと大きなものに負けたんではないでしょうか? 僕にはうまくいえません。
木山 (熱心にはげますように)いや、わかります。わかります。
友吉 日本にだって、良いものはあります。その、今いった、もっと大きなものは有るのです。それに負けたのです、悪い日本が。……しかし――しかし、同時にです、連合国が勝ったのも、完全に勝ったといえるでしょうか?……いえ、うまくいえませんけど、つまり、猫が鼠を取って食うのと同じような勝利だといえるでしょうか? いえないと思います、僕は。……失敬ですけど、連合国の方でも、それぞれ、今度の戦争では、かなりひどいテキズを受けたのだと思うんです。今の戦争で完全な勝ちということは、もう、ないと思うんです。自分のうちに有るものを、いくらか殺さなければ、ほかのものを殺すことはできないんじゃないでしょうか? つまり、人を殺すためには、自分の中の、大事なものも、いくらか殺さなければならないんじゃないでしょうか? それほど、人の中に自分が、はいりこんで行っているし、自分の中に人がはいりこんで来ているんだと思うのです。国と国だって同じです。……ですから、日本は今度、十だけ負けたんですけど、連合国も三だけは負けたんだと思うのです、ズット大きな目で見れば。……なんだか、うまくいえませんけれど――
木山 おお、よくわかります! それで――?
友吉 ですから、戦争というものは、正しくないだけでなく、損です。勝ち負けに関係なく、世界中の人間にとって損です。損だとわかれば、今後は、もう、よせる筈です。それに、もう、気が附いてもよい時ではないでしょうか? その、僕はそれを……ですから、もう、よして下さい。お頼みします。その、あなたの、今おっしゃった、あの、武器を取らない戦争――又、もう、はじまっている――その、それも、どうか、やめてください。……口で言い争そう事を、いつまでもつづけていると、どうにかしたチョットしたハズミで、ホントのケンカになります。どうか、どうか、お願いですから、あの、あなたがたの方も、それから――あなたがたの反対の側の人たちも、どうかもう、争うのは、やめてください。僕は、ホントに、お願いします。この――(両手を強くにぎりしめて、いっしょうけんめいにいっているうちに、すこしシドロモドロになって来る)
人見 (自分でも排除しきれない友吉に対する根深い反撥を、つとめて押しかくしながら)君のいう事は、一つの考えとしては正しい。戦争中と同じだ。あの頃とすこしも変って来ていない。……チットも成長していないんだ。ひとつおぼえ……つまり、それは、考えとして正しいかなんか知らんが……実際の、実行上の智恵としては、まるで力がないのじゃないだろうか?
友吉 ええ……僕はボンヤリですから、この――
人見 つまり、そんな事をいっても、誰がそれを実行できるだろう?
友吉 ……あの、僕は、実行できるんですけど――
人見 そりゃ、そりゃまあ、君は実行できる人だ。現に出来たんだから、しかし君のような人は、千人中、万人中、いや千万人の中に一人いるかいないか――とにかく、たいがいの人には実行できない。
友吉 いえ、あの――ほかの人も、僕のようにすればいいんです。(自分がいかに権威ある恐ろしい言葉をしゃべっているかに全く気附かず、ただ子供らしく、額に汗を浮べながら)……僕みたいな、なんにも知らない、こんなバカにだって出来るんですから、ほかの人に、やれないワケは――
人見 君が実行したために、君のお父さんは死んだ。明君は苦しんで、ヤケになって、戦死した。そいから私なども、ずいぶん――いや、私の事など、なんでもないが――それから、ヤミや不正は絶対にしないという君の行き方のために、君のお母さんも――肺炎だというけど、ホントは栄養不良が原因しているんじゃないかね? ――そんなふうな、それは或る意味で――自分の信念を生かすという事はけっこうだけど、その事だけのために、他の人をみんなギセイにするという意味で、それにエゴイズムともいえない事はないんだから――
友吉 ええ、それは、あの――(人見の言葉で打ちくだかれ、にぎりしめた両手をブルブルとふるわせ、やがて、イスからすべり落ちて、ユカに膝を突く)
木山 ……(しんけんに)片倉さん! しかしですねえ、自分がですねえ――つまり、自分の国が、いくらそんな気もちになってもですねえ、向うの相手が、相手の国が、あくまでガンコに自分だけの意見を押し通そうとする場合は、それでは、どうしたらよいのですか?
友吉 え? ……(膝を突いたまま、混乱して、人見を見たり木山を見たりしながら)あの、それは、おたがいに、許して――あの、許し合ってです! おたがいに人間どうしなんですから、許し合ってこの――(人見に、あわれみを乞うように目を上げて)先生、治子さんを許してください。治子さんは、ホントに、良い人なんです。治子さんは、今、ひどい生活を――あの、ダラクしようとして――僕もハッキリとは知りませんけれど、あの――許して此処へ引き取ってくださるように――
人見 そりゃ君、君からいわれなくっても、妹なんだから。しかし、あれは――(困って、不快そうにわきを向く)
友吉 お願いです!(救いを求めるように、木山を見あげて)そうなんです! 手を引いてください! その、武器を取らぬ戦争――それが、今のままでズーッと行くと、きっと武器を取ることになります! 新聞にも、米ソ戦争などという文句が出ています! やめて下さい! 争うのを、やめて下さい! あなたがたも、ソビエットも、お願いです、今のようなやり方を、どうぞどうぞ、よしてください! アメリカにお願いします! ソビエットにお願いします。両方とも、ケンカをやめて下さい! 両方で、もっと仲良く話し合って下さい! 私どもを恐ろしい所へつれて行くのは、こらえて下さい! そのために、私の命が入用なら、私を殺してください。神さまを、そのために、引きずりおろす事が必要ならば、神さまを引きずりおろして下さい! お願いです! 武器を取ろうと取るまいと、戦争は、戦争だけは、もう、どうかやめて下さい! この通りです、どうかどうか――!(昂奮の極、オイオイと声をあげて泣き出している)あの、先生も、そいから、あの、両方とも……(まだ何かいいつづけているが、泣き声になって聞きとれない。その、いじめられた子供のように、みじめなコッケイな姿)
小笠原 プッ、ホホホ、まあ! ホホ!(とうとう、ふきだしてしまう。竜子も釣られて笑い出すが、しかし眼は、いぶかしそうな、びっくりした色を浮べて友吉を見ながら。人見は時々ニヤニヤしたり、額にシワをよせたり、複雑な顔で、クリスマス・ツリイの下の方にゆわきつけた銀色の星に眼をやっている。木山だけが、まじめな顔をして、友吉を見つめている)

        11[#「11」は縦中横]

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 つんぼになる程のもうれつな地ひびきを立てて、頭上を通過して行く列車。非常に長い列車で、音はほとんどしんぼうしきれないくらいに長くつづく……。

 或るガードの下。
 冬のあけがた。ガード下の道路には、まだ人通りなし。カゲになった所は、まだほの暗く、それに、つめたいモヤが立ちこめていて、見通しがきかぬ。ガードの右側の、高架線路の下はズーッと、きたない荒れ果てた倉庫になっている。ガードの下の一番てまえにトラックが一台、なにも乗っていない後部をこちらに向けて置いてある。高架線路の鉄の橋ゲタの一部とトラックの左側の側板だけを、のぼりかけた朝日の光が、うっすりと照らしている。武装した警官が一人、トラックのわきに動かず無表情に立って、右がわの倉庫になった奥を見ている。その他には誰も居ない。――やっと高架線路を列車の音が通り過ぎる。……どこかで、工場の時報のサイレンが鳴る。……やがて男Aと男Bが、右がわの倉庫の前の、せまい路からノソノソ出て来る。二人とも、おそろしくよごれたカーキ色の服に、藁くずのようなものを方々にくっつけたまま。それでも、男Aは、からだに合わない古オーバを着ている。二人とも、トラックの方へ歩いて来る。
[#ここで字下げ終わり]

男A ……(ふりかえってノロノロした句調で)おい、おめえ、エンタねえか?
男B ……(ねぼけた目でAを見る)
男A エンタねえのかといってんだ。(右手を出す)
男B ……なんだよう?
男A タバコよ、有ったら、すこし、くれ。よ!
男B ……(相手の言葉はわかったのだが、それに返事はせず、いきなり、ノドチンコが見えるくらいの大あくびをする)おーう。
男A 朝起きて、いっぷく吸わねえと、どうも、眼がさめねえ。そういう習慣だ。(おかしくもなさそうにいう)
男B ……(つづけざまに、又あくび)
男A くれといったら、おい!
男B ねえよ。(あくびの後の身ぶるいをする)寒い。ちきしょう!
男A ねえならねえと早くいえ。アクビで返事をしゃあがる。
男B ……(相手にならず、クルリと向うを向いて倉庫の壁へ)
警官 おいおい!
男B ……?
警官 よせよ。
男B ヘヘ、そんでも、出てえもんで――
警官 ちっとがまんしろよ。
男B せっしょうだなあ。
警官 せっしょうは、こっちだ。僕がこうしている鼻の先でお前、あんまりじゃないか。
男B へえ。……(それでも、するのを思いとどまって、Aとともにトラックの方
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