後の奥を二度三度と振返りながら。木山それにぶっつかりそうになって)……おお、しつれい!(笑いながら、竜子の身体をかかえ止めるようにする)ああ、開けること出来ましたね。ハハ。――どうか、なさいました?(笑いを引っこめる。竜子が尚も奥を振返る顔が青く、手に持った西洋皿が、カチカチとカンヅメのかどに音を立てる)
人見 どうしました、竜子さん?
竜子 はあ、あの――いえ、私の気のセイかも――(皿とカンヅメをテーブルの上に置いて、又奥を振返る)
小笠原 なにか――?
竜子 ……ヒョッと、あの、流しのそばの窓を見たら、誰かこっちを向いて笑って――
小笠原 え? ソトから?
竜子 はあ。 ――たような気がしたんです。
人見 ……コジキでしょう[#「コジキでしょう」は底本では「コジキでしよう」]、それは。ちかごろ、よくこのへんをウロウロしますから。
小笠原 でしょうか[#「でしょうか」は底本では「でしようか」]? こんな雪のふる晩に、それでも。――
木山 ぼく、見てきましょう[#「見てきましょう」は底本では「見てきましよう」]。こちらですね?(スタスタ奥へ。それを案内するように竜子が後からついて行く)
小笠原 (おびえた目で人見を見る)……?
人見 (笑って)たとえ、ドロボウにしたって、なんにも、あなた、このウチには取って行く物はない。
小笠原 でも――
人見 じゃまあ……(左手へ行く。小笠原も一人で居るのが不安らしく、急いでしたがって去る。室内に誰もいなくなる。……間)
[#ここから3字下げ]
(右手から友吉が入って来る。なつかしそうにそのへんを見まわしながら。学生服や作業服など有りたけの着物を重ねた、極端にみすぼらしい姿と、青ざめた、柔和な顔。ビッショリとぬれた両足。肩に附いた雪をはらいおとしながら、眼を輝かして、デコレーションにキラキラときらめいているクリスマス・ツリイに見とれている……間)
(奥から、腕や頭についた雪をはらいながら木山と竜子が、同時に左手から人見と小笠原が、もどって来る。木山と竜子はすぐに友吉をみとめて立ちどまる)
[#ここで字下げ終わり]
人見 (小笠原に)やっぱり、コジキですよ。……(友吉を見て、すこしギクンとする)……(しばらく友吉を見つめていてから)なあんだ、――君か?(木山と竜子は友吉を知らないが、人見の知人らしいことがわかり、ホッとして見ている。小笠原は前に友吉を二、三度は見たことがあるらしい。へんな顔をしてジロジロ見る)
友吉 (なつかしそうに)今晩は。(一同におじぎをする)
小笠原 あの、片倉――さん、でしたっけ? ホホホ、窓からのぞいたっていうのは、あなた?
友吉 (わびるように微笑して一同の顔を見くらべながら)ずいぶん、ごぶさたしちまったもんですから、あの――
小笠原 そういえば、竜子さんはちょうど[#「ちょうど」は底本では「ちようど」]、入れかわりのなんだから、ご存じじゃなかったんでしたっけ[#「なかったんでしたっけ」は底本では「なかったんでしたつけ」]? (竜子「はあ」とうなずく)やっぱり、此処の会員だった――(人見に)でしょう[#「でしょう」は底本では「でしよう」]、先生?
人見 ……(それには答えず友吉に)どうしているの、ちかごろ……?
友吉 ええ、まあ――
人見 僕も行こう行こうと思いながら、忙しいものだから――(友吉の姿を見てから、なにかコチンと、どこか怒ったような調子になっている)
友吉 いえ、私こそ、あの――(そのような相手の調子を受取ることができない位になつかしい気持でいっぱいになっている)……クリスマスですね、先生。(クリスマス・ツリイを見る)実にキレイだ。(ニコニコして)僕は思い出すんです。戦争中のクリスマス――たしか三度、先生と治子さんと僕の三人きりでお祝いをして――一度はそこの林からヒイラギの、こんなチッチャイのを切って来て、そこに立てて、飾りがないもんだから、ローソクを三本立てて、三人で、ソトにきこえないように小さな声でサンビ歌を歌った。ハハ。……それが、しかし、こうしてやれるようになったんですから、実にありがたいですねえ。
人見 ……お母さんなど、内のみなさん、元気かね?
友吉 え? ……ええ。あの、母は死にました。肺炎で――先々月。
人見 ……そう。そりゃ……ちっとも知らないもんだから。そうですか。どうも。(と、ていねいに頭をさげる。友吉も礼を返す)……そいで妹さんの眼の方は?
友吉 俊子ですか? ありがとう存じます。やっぱり同じですけど、すこしは見える――以前よりは良い方なんです。
人見 そりゃ、けっこうです。……それで、なにか御用でも――?
友吉 はい。いえ、べつに、その――
人見 実にこうして会員の方にも来ていただいたり、それから木山さんもわざわざ見えて下すって――もと広島の中学でしばらく私が教えてあげて、――御両親が向うにいられて、こんどやって来られた方で――
木山 (竜子に手つだって、西洋皿にカンヅメの中味をあけていたのが此方を向いて) こんばんは。
友吉 ……(木山に頭をさげる)
竜子 (デセールをもった皿を奥のテーブルの上に置き)どうぞ先生。小笠原さんも。すぐお茶を入れますから。(奥へ去る)
人見 (それにエシャクして置いて、友吉に)今夜は忙しいものだから――
友吉 ……(急にさびしそうな顔になる)はい。僕はすぐ、なんです、失礼しますから。……(すこし離れた奥では木山が二つ三つのイスをテーブルのわきに持って行き、小笠原を招じて掛けさせ、自分が先ず皿のデセールを一つ取って食べて見せ、小笠原にすすめている)……治子さんの事で、チョットあの――
人見 治子? ……なんでしょう[#「なんでしょう」は底本では「なんでしよう」]?
友吉 心配になったもんですから――もっと早く来よう来ようと思っていたんですけど、ツイ――ぼく、この頃、時計の仕事がタマにしかないもんで、昼間、あの、クズ屋みたいな事をしているもんですから――暇がなくて――
人見 いや、そりゃ、妹の事については、私も心配しているんだが――なんしろ、この半年ばかりフッツリ寄り付かないし、訪ねて行っても会いたがらない。この三、四カ月、だまって、どっか越して行ってしまって、どこに居るか――君は会ったの?
友吉 たまにヒョッコリ、僕んとこに、あの――
人見 へえ? すると――?
友吉 たいがい僕のルスにみえて、俊子に、あの食べる物や、金をくだすって、そいで――二、三度は、ねむいから、いっとき寝させてくれといって半日寝て、そいから又どっかへ――僕も治子さんの所は、よく知らないんです。
人見 ふーむ……。
友吉 ここんとこ、しばらく、見えないんですが、二、三日前、人からヘンな話を聞いたもんですから、心配になって――
人見 どういう仕事をしているんだろう、そいで?
友吉 僕にもわかりません。会社の事務の方はトックにおよしなすったようですが、その後――二、三日前に治子さんを見たといって話してくれたのが、貴島――貴島宗太郎といって、あの、良い人間ですけど、でも、妙な所にばかり出入りして、あの、いろんな事を知っている人で――
人見 ダンスホールで見かけたという人がいたんだが――
友吉 ええ、それでこの……住む所なども、行きあたりバッタリに、方々の宿屋だとかなんかに、この――
人見 ふむ。……
小笠原 先生、いかが? やっぱり、向うのは、すばらしゅう[#「すばらしゅう」は底本では「すばらしゆう」]ござんすわ。口の中で、まるで、とろけるみたい!
木山 (デセールの皿を持ってツカツカこっちへ来て、二人に皿を出して)どうぞ。
人見 やあ、どうも。ごちそうさま。(一つつまむ)
木山 (友吉に)あなたも、どうぞ!
友吉 はい。あの、いいんです、僕は。いいんです。
木山 先生、妹さん、どうかしました?
人見 ええ、いえ、――(友吉に)ありがとう。いや、至急に、その、会うとか――君の家にも、そのうちに行って――(話を打ち切るように)どうも、ありがとう。
友吉 いえ、そんな――ただ、僕にも、責任が有るような気がするもんですから、一度先生に御相談して――
人見 いや、ありがとう。私も考えてみます。……(すぐわきに立って注意して聞いている木山に、牧師として習慣的になった笑顔を見せて)やあ、ハハハ、いえね、――この人は、なんですよ、片倉君といいまして、此処の会員だったんですが――
木山 (きげんよく、友吉にエシャクして)そうですか。……いかがです?
友吉 ありがとうございます。いえ、いいんです。(はにかんでいる)
木山 先生の妹さん、どうなさいました?
友吉 あの――
人見 (急に今までの調子とちがった、すこし過度に快活な声を出して)いえね、木山さん、この片倉君は、戦争中、なんですよ、戦争に反対して、召集令状を受けても出征するのをことわりましてね、そのために憲兵隊やケイサツにつかまって、ひどい目にあったんですよ。
木山 え? 戦争に反対? ……(急に非常な興味をもって、眼を輝かして友吉を見る)そうですか! そんな人が、日本にいたのですか!
小笠原 へえ……まあ、そうなんですの、この方が?(珍らしいケダモノを見るように友吉を見あげ見おろす。そこへ竜子が盆の上に茶器をのせたのを持って奥から出て来て、それをテーブルの上にのせながら、話を耳に入れてビックリして友吉を見つめる)
人見 この人の、その、左の腕の不自由なのは、その時の拷問のためでしてね。それから家族の人達もいろいろと迫害されて、お父さんはそのために自殺しました。そのほかいろいろと……私なども、かなりいじめられましたよ。ハハ。今になって見ると、まるで夢のようですが、実に、片倉君の強さというか――キゼンたる態度ですね、ホトホトどうも、なんです――(笑いながらほめあげる調子が、ほとんど憎悪に近い。友吉は、四人の視線に射すくめられて、赤い顔をして小さくなっている)
木山 (彼だけは、率直な好意で友吉のそばに寄って行き)すると、なんですか、日本のはじめた戦争が、まちがった戦争、――シンリャク戦争でしたから、反対なさったのですね?
友吉 はい……(コックリをする)でも――
人見 もちろん、それもあります。しかし、それと同時に、それがどんな戦争であろうと、戦争という――つまり人が人を殺し合う暴力に反対なんですよ、片倉君は。つまりクリスト教の信条によってなにされたんですから。クリスト教徒なんですよ。
木山 そうですか。すると――日本のクリスト信者の中に、ほかにも、そんな人がたくさんおりますか?
人見 いや、そりゃ――なんです――ほかに聞きません――居たかも知れませんが――私の知っている限りでは――
小笠原 アメリカやイギリスには、そんな人は有りまして? あの、あちらは、キリスト教国なんでしょうから、この――
人見 しかし、と同時に、片倉君は、ガンジイなどの影響を非常に受けていて、――つまり、暴力否定、それから、その暴力に対する非暴力抵抗ですか――むしろ、実際的には、キリスト教よりもそちらの方が強いんじゃありませんかねえ。ねえ片倉君?
友吉 ……(はずかしめられ、なぶりものにされた小動物のようにドギマギして)そんな――私は――べつに、そんなこと――
木山 ……(この人だけは、次第に敬意に近いもので友吉を注意深く見守りながら)あなた、片倉さん――コンミューニズム――あなた共産主義者ではありません?
友吉 ……(びっくりして、かぶりを振る)いいえ、あの――
木山 どう思います、共産主義を?
友吉 ……はい。良い事だと思いますけど、私には深い事はわかりませんので――
木山 これから後、もし戦争が起きたとします。どうなさいます? やっぱり反対しますか? それがどんな種類の戦争であってもです。それが、どこの国とどこの国との間に起きてもです。
友吉 ……しかし、戦争はもう、起してほしくないと思います。私は――。(いいよどむ)
木山 (友吉の左の腕をつかんで)御意見を聞かせてください。いえ、私たちは、なんです
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