あってね、チョットいけまさあ! あなたも一つ、どうです!(と、先程から、彼のいうことに異様に引きつけられて、非常に注意深く彼の顔を見つめている治子にも一つ持たせる)もっとも、これもやっぱり近頃の事だあ、肉といっても、豚の肉だか猫の肉だか、事によったら、人間の肉だか、これ、保証の限りじゃねえけどね、ヘヘヘ、どうでもいいじゃありませんかね、食えさえすりゃ、ねえ!
リク ……(にぎらされたホットドッグをマジマジと見つめていたが、なんと思ったか、ポイと放り出してしまう)
貴島 (それを見て)どうしました?
リク 友吉! お父っあんを、返しておくれ。明を返しておくれ。お前のおかげで――お父っあんを、明を、返しておくれ。……返してくれなければ、私あ、どんな事があっても、食べないよ! 食べません!(ドシンと音をさせて、壁の方を向いて寝てしまう)
貴島 ヘ? ――なんだって?
友吉 ……(弱り果てた眼で、その母の後姿を見守りながら)いつも、こうなんです。……断食するんだといって――。
貴島 へえ、すると、なんですか――? 断食をね? すると――(まじめに問いかけはじめた自分の調子を自分でガラリと投げ出して、ゲラゲラ笑う)ヘヘヘ、そいつは、いけねえよ! そりゃね、エスさま、あんたがケイサツで断食してくれりや、その食わないぶんのシャリを、あっしなんぞ、始終もらって食って、助かったがね、だから、あん時あ、なんだけんど、もうこうなってから、そいつは、いけねえや! このシャバでお前さん、そんな事いってりゃ、こんで踏み殺されるだけだあ! 日本人は、こんで多過ぎるときてるからね! ヘヘヘ!
治子 (貴島に)……あのう、チョット[#「チョット」は底本では「チヨット」]、あたし、お願いが有るんですけど。どっか、あたしみたいな者の働らく口が有ったら、あの――
貴島 ヘ? あ、そうですかあ。そりゃ、あんた、いくらでも――(友吉とリクの後姿に向って)ヘッヘヘ、しかし、多過ぎると来ているんだ日本人は、死ななきゃならねえんだ三分の一はね。そういうソロバンになっているんだよ。生きていたいと、いくら思ったって、食物が、そんだけしきゃねえんだ。あたりめえだあ、つもっても見な、あんだけ大きなイクサをして、ペチャペチャに負けたんだあね。こんで、今迄のように無事にやって行けると思うのは、話がウマすぎらあ。ね、そうでしょう? あたりめえだあ。だもの、そこい、断食するんだって? ヘッ、そいつは、願ったりかなったりだろう、笑わしちゃいけねえや、そうじゃないですかね。ホッ、プップッ、おおけむいや! フウ!(といったのは、俊子が貴島や治子にお茶を入れようとして、よく見えない目で室の隅のシチリンに、紙くずや木の枝などを入れて、火をつけたのが、ひどくいぶって来る、その煙にむせたのである)どうも、まるで、こいつはタヌキかムジナの穴だあ! ヘッヘヘ、ホウ! ね、そうだろう、エスさま? あんだけの兵隊が、おれたちのために死んだんだぜ? え? そいで、残ったおれたちが、おれたちだけが、無事ソクサイで過ぎて行くとあっちゃ、あんまり片手落ちじゃありませんかい? 虫がよすぎるよ、ねえ! フウ! だからさ、だから、ここんとこ、五年十年、日本人は、鬼になってもジャに[#「ジャに」は底本では「ジヤに」]なっても、とにもかくにも、生き抜いて行けるかどうか、善いも悪いもヘッタクレもねえや、やってみなきゃならねえんだ! ほかの事あ、その後で聞こうじゃねえか! ねえ、エスさん!(もうもうとした煙にむせながら、貴島のおしゃべりは、まだやみそうでない)
10[#「10」は縦中横]
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貴島のおしゃべりにダブって、三、四人の人が斉唱するサンビ歌の声。(クリスマス聖歌)
会堂。冬の夜。
人見勉の教会の内部。ガランとしているのは以前どおりだが、それでも、壁や窓など、かなりつくろってあるし、ソウジは行きとどいているし、集会用のベンチがキチンとならべてある。説教壇のわきに立てられたかなり大きなクリスマス・ツリイ。それに向って、人見勉が黒い背広をキチンと着、ネクタイもしめて、デコレーションをくくりつけている。その向うに立って、それを手伝っている木山譲二。進駐軍の制服を着ている。デコレーション用の小物が、説教壇のテーブルの上に山もりになっている。他に、食料品の入ったボール紙の箱やカンヅメなどが、別のテーブルにもりあげてある。教会の会員で中年の富裕らしい和服の婦人の小笠原が、説教壇の背後の壁に三色のモールを張りめぐらしている。三人は、微笑をうかべながら、余念なくそれぞれの仕事をしながら、声を合せてサンビ歌を歌っている。木山は、歌詞が日本語では歌えないのか、メロディ[#「メロディ」は底本では「メロデイ」]だけをアーアーアーとやっていたが、やがて、口笛で合せる。右寄りの、まだ一カ所だけ修繕のゆきとどかないで破れたままになっているガラス窓の穴から見える黒い戸外の闇の中に音もなく雪の降っているのが、内部からの電燈の光に照らされてチラチラと白い。
[#ここで字下げ終わり]
人見 ……だけど、七年前に別れたっきりのあなたと、こうして今いっしょにクリスマスの飾りつけをしようなどと、誰が考えたろう? 夢のようですよ、やっぱり生きているという事は、すばらしい。それを思うと私は感謝しないではいられませんよ。
木山 私もホントにおどろきました。あのステーションで先生を見た時は。ズッと、こちらへ来てから、さがしていたのです。どうしても、わかりません。(いいまわしが、少し不自由のようである)
人見 そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]、広島のあの中学を中途でやめて、あなたはカリフォルニヤの御両親の所へ帰る、私は教職を引いて東京へ出て来るというので、別れたきりですものねえ。その後も、思い出しては、木山君、どうしていらっしゃるだろうと――あの時代ですからね――気にかかっていました。……しかし、なんですねえ、フシギなもんだ、そうやって、あの当時にくらべると、ほとんど二倍ぐらいの大きさになって、リッパになっていられるのに、声をかけられて一目見ると、すぐにあなただとわかった。人の顔も、これで、変らないもんですねえ。
木山 人見先生も、もとのとおりです。ただ、カミゲが、たいへん、白くなりました。カミゲだけ見ると、オジイサン。ですから、はじめ、うしろから見た時、気がつきませんでしたよ。ハハハ。
人見 やあ!(頭髪をなでる)ハハ、そうですか。
小笠原 ホホ、そうですわ。戦争がはげしくなってからこの教会の会員もチリヂリに疎開したりなんかで、あれからズーッと終戦の年の冬まで集りも休ましていただいていて、都合三年ですか、こんだお会いしたら、まるであなた、こうでしょう[#「こうでしょう」は底本では「こうでしよう」]? みんなもう、ビックリしましたのよ。……でも、御無理もありませんわ。ズーッとあなた、御心痛があまりひどかったんですから――
木山 ゴシンツウ?
人見 なに、私など、そんな――もともと、こんなタチなんですよ。
小笠原 いいえ、そりゃ――(眼に浮んだ涙を指でふいて、木山に)そうなんですの。戦争がひどくなって来る頃からの、この、キリスト教に対する圧迫――といいますかイヤガラセ――とにかく、イジメぬかれたんですから、人見先生などの御苦労は、そりゃあなた――
木山 そうですか。……そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]。よくわかります。よくわかります。
小笠原 (まだ涙をふきながら、ニコヤカに笑って)それを思いますと、先生のオツムは、それを耐えしのんでいらしった印みたいなものですから、一面から申しますと、ミサカエの光を見せていただいているようなもので――ホホ!
人見 そんな事はありません。そんな――
小笠原 ですけど、とにかく、先生を中心に此処でみなさんで戻って来て――こうして又、クリスマスを祝うことが出来るんです。なんと感謝してよいかわかりませんわ。それに、思いがけない、木山さんから、こんなリッパなデコレーションや、ゴチソウまで、こんなにたくさん持って来ていただきまして、ホントにホントに、なんとお礼を申してよいか――(破れた窓の外の闇の中から、この室をのぞいている白い顔が見える)
木山 オー、なんでもありません。デコレーションは、友人たちからツゴウしてもらいました。食べものは、マザアとシスタが送ってくれたものです。クリスマス・イヴには、もうすこし持って来られます。あなたがたに、すこしでもお役に立てば、うれしいのです。……それに、これから世の中を平和にやってゆくには、クリスト教はダイジなものですから。さかんにならなければならないでしょうから。いえ、ボクは、まだクリスト教のことは、よくわかりません。信者ではありますが、ボンヤリした信者なので、なんにもわからないのですけど。……ですから、そのために、この――
小笠原 ホントに、私ども、平和が戻って来ました事を、なんと感謝して――
人見 ……(昂奮を自らおさえつけるように、デコレーションの銀紙で張った星をにぎったまま、クリスマス・ツリイのわきに膝をついて、口の中で祈る)……(それを見て小笠原も壇の所にしゃがんで祈りはじめる。木山は、その二人を見くらべて、チョットこまるが、祈りはしないで、カガトをそろえて立ち、すこし頭をさげかげんにしている。窓の外の顔は、まだのぞいている)……(口の中で低くいっている言葉が、すこし聞きとれるようになる)感謝いたします。……平和を私どもの上に導いてくださいました事を。このような兄弟を、私どもに再びおつかわし下さいました事を。……平和が、今後永久につづきますように、願わくば、……(あと、まだ祈る)
小笠原 ……(それを引きとって)アーメン!(昂奮して涙ぐんだ顔を輝かしながら、元気よく立ちあがって)……さあ、今夜でスッカリ飾りつけをすませましょう[#「すませましょう」は底本では「すませましよう」]。明日は日曜学校の生徒さんたちの準備だし、その次ぎの次ぎの日はクリスマスですものねえ……もっとおそくまで居れるといいんですけど、ちかごろ、郊外の方はぶっそうでしてねえ。おどろくじゃございませんの、ホンの二、三日前の晩に、私の内のすぐ近くで、追いはぎと、そいからあの、乱暴された女の人が、一晩に三人もありますのよ。それに近頃では強盗が押し入るんでも、ゲンカンから、堂々とアイサツをして来るそうですわ。ホントにまあ、日本は、なんという事になったんでございましょうねえ、恐ろしゅう[#「恐ろしゅう」は底本では「恐ろしゆう」]ござんすわ、それを思いますと。
人見 そうですね。……いや、もうこれだけやっていただけば、あとは私がボチボチいたしますから。それに明日あたり、ほかの会員のかたも見えて下さることになっていますから。(それまで、窓の外から、のぞいていた顔が、見えなくなっている)
小笠原 はあ、いえ、まだいいんですの。(と再びデコレーションにかかる)此処だけ、やってしまっておきます。……先生、あの、お妹さまは、ちかごろいらっしゃらないんですの?
人見 はい、ちょっと――
木山 いもうとさん、先生に有りますか?
人見 そう、木山君は御存じなかった。ええ――治子といって、今、ちょっとほかへ行っております。……(妹の事を語りたくない様子で、再びセッセとクリスマス・ツリイの飾りつけをはじめる。木山も)
小笠原 ……(手を動かしながら、奥の方へ呼びかける)原田さま、まだ? お手伝いしましょうか?(奥からは、返事がない)あのカン切りでは、ダメかも知れませんわよ先生? なんしろ向うのカンヅメは、シッカリできているんですから。
木山 では、私が開けてあげましょう[#「あげましょう」は底本では「あげましよう」]。(気軽に奥の方へ行きかける。そこへ、若い洋装の原田竜子が、切り開いた大型の四角のデセールのカンと、大きな西洋皿をかかえて、急いで出て来る。背
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