へ。警官は路を開いて二人を通す。二人は、慣れたもので、しかしノロノロとした動作で、タイヤの上部に足をかけて、トラックに乗る)
警官 ……(それを見ながら、かくべつの感じもなく)お前たちも、もう、いいかげんにしたらどうだい? 二人とも、何度目だよ? ……(AもBも返事をしない)警察と収容所とこんな所をグルグルまわって暮しているようなもんじゃないか。
男A ……そんでも、しょうがねえもんなあ。
警官 ……おれたちの身にもなってくれよ。三時にたたき起されて、こうして――
男B すんません。……(ニヤリとしてペコリと頭をさげ、Aと共にトラックの片隅に身を寄せ合って、ちぢこまる)
男C けしからんではないかね? 人権を、この――(プリプリいいつつ、私服刑事に、こづかれながら、同じ方向から出て来る。半白のヒゲを生やした老人で、顔だけはわりにチャンと[#「チャンと」は底本では「チヤンと」]しているが、みなりは完全に浮浪者。ブクブクのタビを五六枚はいて、その上からナワでしばった両足。私服Aは慣れきっているようで、ふきげんに興味なさそうに、返事はせず、男Cをトラックの方へ追い立てる)……これでも、とにかく、私は料金を払って……とにかく、ホテルなんだから、――それを、浮浪者あつかいにするというのは、この――(いっているのを私服Aがトラックに押しあげて、のせてしまう。そこへ、やはり同じ方向から、若い女が一人、あくびをしながらスタスタ出て来る。かっこうはすこしへンテコだが、わりにこざっぱりした洋装。ただ、パーマネントした頭髪に、ひどいホコリや藁くずが取りついている。ほとんど小娘といえる無邪気な顔)
若い女 ……(私服Aに)あたいも、あの……?
私服 ……(無言でうなずく)
若い女 病院じゃないの? ……(私服A、ふきげんに返事をしない)……でも、あたい、ホントによんべだけは、なんでもないのよ? ウソはいわない。終電をにがしちゃって、しかたがないんで、泊っただけよ。金も払ったし、……(私服Aあいてにならぬ。しかたなく、彼女はシブシブ、トラックによじのぼる。男Aが、上から引っぱりあげてやる)
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(そこへ、同じ方角から、私服刑事Bにつれられて、両手に手錠をはめられた貴島宗太郎が、にが笑いをしながら出て来る。ちょっと離れて友吉と、病みおとろえた治子と、それを助けながら俊子。俊子は眼がいくらか見えるようになっている)
[#ここで字下げ終わり]
貴島 ヘヘ、しょうがねえなあ。しょうがねえよ、まったく! ザマあねえや! チッ、なんてえこったい! ねえダンナ、村岡さん(と私服Bに呼びかける)ホントなんだよ。ただ、俺あ、あすこに寝ていただけだよ。俺も貴島の宗太郎だ、ヒキョウなマネはしねえや。商売してたとこをナニされたんだったら、グズグズいやあしないよ。
私服B じゃ、なぜ逃げようとした?
貴島 逃げやしねえよ、ツラあ洗いに立っただけじゃありませんか。
私服B あんなとこに、お前が泊っている事からして、おかしいじゃないか。
貴島 だって、あいで宿泊所でしょう? 宿泊所に人間が泊るのが、なにがおかしいんだね?
私服B 引揚者や宿のない連中の宿泊所などに泊るやつか、お前が? 第一、この男は、どうした?(と友吉をアゴでさす)
責島 だから、あっしゃ、知らねえといってるんだ、そんな人。(いわれて友吉が貴島を見て、何か言いそうにする。しかし貴島は何の感情も示さないで、知らぬ人を見るように友吉を見る)
私服B じゃ、こいつのポケットに入ってた、こりゃ[#「こりゃ」は底本では「こりや」]、どうしたんだ?(ポケットから、懐中時計や腕時計を五つ六つ取り出して見せる)
貴島 だから、知らねえよ。ヘッ! その人のふところから、そんなものがゴマンと出ようと、俺が知ってなきゃならねえ義理はねえでしょう?
私服B ハハ、よかろう。向うへ行って聞こう。どっちせえ、大した事にゃならんよ。
貴島 あたりまえでしょう、大した事になってたまるもんじゃねえよ。あったり、まえ、でしょうっと[#「でしょうっと」は底本では「でしょうつと」]、ヘヘ、ねえ!(と私服Aに)今どきの東京だ、ツイたまたま電車をなくしちゃってさ、一泊旅館に泊っただけで、天下の公民が、大した事になって、たまるもんですかよ、ねえ!
私服A (その相手にはならずBに)こんだけだね?
私服B うん、あとはいいだろう。キリがない。
警官 (友吉をアゴでさして)これも?
私服B (手錠のために、うまくトラックにのぼれない貴島の尻を押し上げてやりながら)常習のスリだ。ちかごろじゃ、おかしなブロウカアなどもやっているようだ。そいつは初めての顔だが、組んでやってるらしい。まあ、子分かな。(いわれて友吉はオドオドして警官や刑事たちを見まわしている)
私服A (治子と俊子を指して)これは?
私服B そうさなあ……(二人を見る)
友吉 これは、私の妹と治子さん――あの、よく知っている――今、からだが悪くって――そいで、私と妹が、この人をむかえに、ゆうべ夜中に来たんです――治子さんが此処に居ると知らせてくれた人があって、あの――(と既にトラックにのっている貴島の方を見あげる)
貴島 (それには知らん顔をして、私服Bに)ダンナ! タバコを一服めぐんでくださいよ。(私服Bは、その貴島と友吉と治子と俊子をユックリと見まわしながら、ポケットからタバコのケースを出して一本抜き、差し出した貴島の口にくわえさせてやる)……ありがてえ。
友吉 あの、兄さんにも――先生にも知らせる筈だったんですが、その暇がなくて――んで、からだが悪いんで、朝になって連れて帰ろうと思っていたら、こんな、その――ですから――
私服A 向うへ行ってから、言いたまい。
私服B いいだろう、関係は有るらしいが、かげんが悪いらしいし、(と治子の事をいってから俊子を見て)眼が見えないのか?
俊子 いえ、あの、見えます。すこし見えますから――
私服B 二人ともそんな様子で、このへんでヘンなマネをするんじゃないぜ。家は有るのかね?
俊子 はい、あの――でも兄さんが――
私服A 兄さんだか、ヒモだか知らんが、早く帰るんだ。
貴島 (刑事たちに向って)チョット火を貸して下さい。(わきに乗っている若い女が、ライタアを出して火をつけてやる)
男A (貴島に)あんさん! 俺にもチョックラ吸わしてくださいよ。
貴島 オーケー。だけど、もうちょっと、やらしてくんなよ。
友吉 しかし、こうして、この人はからだが悪いし、これはよく見えないので、僕がつれて行ってやらないと、帰れないんですから――
私服B いかん。お前も乗るんだ。
貴島 (タバコを男に渡してやって)わからねえなあ、ダンナも! そんなの連れてったって、しょうがねえじゃねえか、帰してやんなさいよ。正真ショウメイ、そんな人は、わっしゃ、知らねえんだ。チッ!
私服B (友吉に)そうかね? お前は、あの男を知らんのか?
友吉 はあ、いえ――
男B (トラックの上で)早くしてくれよう! 寒くって、しょうがねえよう!
私服B 仲間だろ?
友吉 はい。貴島さんで――あのよく知っています――
私服B 見ろ!
貴島 (くやしがって、クツで板がこいを蹴って)チッ! なってまあ[#「なってまあ」はママ]!
友吉 ゆうべ、貴島さんが、治子さんの事を知らせてくれて、そいで、ここに案内してくれたんです。そいで――
私服A それで、なんだお前は?
友吉 あの、僕は時計屋で――クズ屋もやりますけど――片倉友吉といって――
私服B (貴島をにらみ上げて、笑う)見ろ! 時計屋だというから、おあつらえむきだ!
貴島 チッ! チッ! 知らねえよ、あっしゃ、そんな男!
友吉 善い人です、貴島さんは。
若い女 (男Aから廻されたタバコをふかしていたが)ホホホ! 善い人! ヒヒ!
警官 さあ、乗った乗った!(友吉の背に手をかけて、トラックに助け乗せる)
友吉 (しかたなく、かき乗りながら治子と俊子に)あのね、治子さん、僕あ、あの――先生の所へ、まっすぐ帰ってください! 先生は心痛なすってるんですから! 僕あ――僕あ、あの――治子さんの事、その、なんです、この、いっしょうけんめいに、なんですから――あの考えているんですから――大事にして、早くからだを治して――
若い女 ホホホ!
男A フフフ、ハハ!
友吉 (その自分のコッケイなミジメな姿を顧慮している余裕なく)俊子! 気をつけて! 気をつけて行くんだよ! 治子さんから離れないで――いいかい、頼んだよ!
俊子 いいわ、あの――(よく見えぬ眼で、なんどもうなずいて見せる)
治子 友吉っあん! 私、あの――(セキこむ。苦しそうである)
私服A よし! 頼むよ。(と既に、運転台の方へ廻っている警官に言い、自分もトラックに乗りこむ。私服Bも乗りこむ。スタートするトラックのエンジン。と同時に、高架線路の一方の方から、グワーッと近づいて来る列車のひびき)
友吉 たのんだよ! 俊子! 気をつけて! 治子さん、あのね、僕は、あなたを、あの、――気をつけてください! あの――(とトラックから乗り出しそうにして治子と俊子に呼びかける。私服Aが、そのエリクビを掴んで、力一杯に引きもどす。友吉は、からだが弱っているので、浮浪者たちとインバイとスリのまんなかに、たたきつけられたようになる)
若い女 いたっ!
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(グワーッと列車が迫って来る。友吉は、起き直って、俊子と治子に大声で呼びかける。しかしその声は、列車の轟く音にのみこまれてしまって、全く聞きとれない。……友吉、口に両手をかって、叫んでいる。聞きとれない。こちらの、治子と俊子は聞き取ろうとして、トラックの方へ走り寄る。……やがて友吉は、両手を組み合せて、祈るようなかっこうをして、こちらの治子と俊子を向いて、早口に何かいいながらなんどもなんどもうなづいて見せる。
若い女、すぐそばでは友吉の言葉が聞き取れると見え、不意にプーッと吹き出し、ゲラゲラ笑い出して、嘲笑の手つきで友吉を指す。他の一同もゲラゲラ笑い出す。刑事たちまで笑っている。しかし、それらぜんぶの声が、列車の音に消されて全くきこえない。……友吉、一同を見まわし、又、治子と俊子の方を見て、ニコッと笑う。その白い笑顔を、あけがたの薄桃色の陽の光が照らし出している。
やがて、トラックが、奥へ向って動き出す。地ひびきを立てて通過しつつある列車。……その、ツンボになるように激しいひびきの静けさの中に、よく見えない眼をこらすようにした俊子と、俊子に肩をかかえられて苦しみをこらえながら、横顔を見せた治子が、遠ざかり行くトラックを見送っている)
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底本:「三好十郎の仕事 第三巻」學藝書林
1968(昭和43)年9月30日第1刷発行
初出:「人間 別冊 人間作品集」
1948(昭和23)年6月
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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