んといわれるままに、なかには本気になっていた者も居るんだから、なんだ、君に対して、君を、つまりハクガイしたりした者も居ただろうけど――いや、ほとんどみんな、そうだったかも知れんけれど、それは支配階級からゴマかされてホントの事を見ることが出来なかったからの事で――しかし今はもうわれわれは解放されて自由になったんだから――だから、みんな、あの時は、君に対してすまない事をしたと思っているんだと思うから、それで、まあ、こうして君を迎えて話を聞きたいというのも、つまり、そういう気持のあらわれ――
友吉 いえ、とんでもない、すまないのは僕なんです。(司会者の言葉を全く正反対に取りちがえてあわてている)僕ですよ。あの、最後にケンペイに連れて行かれる時だって、運動場でみんなから、ぶたれたり、けられたりして……みんなの中にはくやしがって泣きながら僕をけってる人もおります……されながら、僕は、ホントにつらかったです。昨日まで仲よくいっしょに働らいていた人たちから、自分だけが人とちがった事を考えているために、こんなに怒られている。そう思うと、よっぽど、あんときに、エスさまを捨ててしまおうかしらんと考えたりしました。しかし、どうしても、そう出来なかったんです。ですから、みんなにすまないと思って、心の中で手を合せながら連れて行かれました。しかたがなかったんです。……
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(彼が正直に熱心に語れば語るほど、一同との間がグレハマになって行く。その事に友吉は気が附かない)
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声一 (客席の前部の中から)エヘヘ、ヘ、ヘヘヘ!
声二 (同じく)なあんだい!(この二人の調子は嘲笑――というよりも、ムキになって嘲笑するにもあたいしないものをヒヤカすように)
声三 しかし――(と、これは友吉をかばうように)あん時、みんなで蹴とばしたのは、ホントだからなあ。こんなふうになったからって、おれたちも、よく考えてみなきゃ、いかんと思うんだ。
声一 (ふんがいした激しい調子で)なにを考えるんだい!おれたちは今、ストライキに入ろうとしてるんだよ! ベンベンとして、こんな話を聞いている事あないと思うんだ!
声三 だけど、おれたちも人間だ。チットは恥を知らなきゃならんと思うんだ。片倉君のどこが悪いんだよ!
声一 悪くはねえよ。エスさまだよ、やっぱし片倉君は! 天にまします!(二、三の笑声)
声二 進行々々!
司会 (困って、それらの声をもみ消すように)いや、それは、それとして――つまり、問題は、そんな事じゃなくなって、つまり、われわれ勤労者が今後のことをやって行くについてだな、正しく平和的にわれわれの生活と生産を守って行くについての、この、参考にするために片倉君の意見というものを聞きたいので――ねえ片倉君!
友吉 え?(あちこちからの[#「あちこちからの」は底本では「あらこちからの」]声のためにキョトキョトと混乱して)はあ、あの、たしかに、あの、働らく人間が安心して働いて行けるようにならないと、たしかに、ホントの平和は来ないと思うんです。ですから――
司会 だからね、今ねえ、この会社では、つまり、君も知っているように、この会社では軍の仕事をして非常にもうけて来たんだ。で終戦になってから、又もとの時計の製造に切りかえたんだが、資材はなし、うまく行かないので、ドンドン人員整理――つまり首きりをはじめてるんだよ。戦争中にもうけた利益は、いち早く、ほかへ持って行ってしまったり、首脳部の方でかくしこんでしまってだな、どうしても経営が苦しくなったからと――会社の言草は、そうなんだよ。あんまりひどいんで、僕らの方では組合をこさえて、なんとか首きりはよして、うまくやって行けるように、さんざん交渉しているけど、会社では、どうしても此方の言い分を聞いてくれないんだ。そんで、まあ、或いはストライキになる以外に方法はないというところまで来てしまって――いや、誰もそんな事やりたくはないけどさ――しかたがないからね。しかたがないからね。そいでまあ、今日はその準備というか、こうして座談会を開いて、みんなの意見を出し合うという事になってね。そんなわけだよ。
友吉 ……そうですか。どうも僕には、よくわからないんで――ですから、そう言ったんですけど――どうしても出席しろとおっしゃるもんですから。――
司会 どうだろう、だから、それについて君の意見を聞かしてほしいんだよ。
友吉 べつに僕には――いえ――でも、ストライキなんかしないで、あの、会社によく頼んで、うまく、この、やれんでしょうか?
声一 エッヘヘヘ!頼んで聞いてくれるようなそんな人間らしい奴は、会社には居ないんだよ!
司会 そりゃサンザンやったんだ、これまでに。でもどうしてもダメだもんだから、いよいよ、しかたがないというんでね。
友吉 ……そうでしょうか?すると――いえ、実は僕も家族があの、――病人が居たり、弟はああして死んでしまったし、それに僕の手がこんなもんで、ほかの仕事を捜すといってもチョット有りません、暮しが苦しいもんで――又、こっちに使ってもらえないだろうかと思って、先日頼みに来たら、課長さんが、使ってやろうというようにおっしゃってくれたもんですから、実は今日やって来たんです。すると、しかし――
司会 どうりで、人事課に居たんだね? そうかね――しかし、そりゃ君、一方に於て百人以上も首を切ろうとしているなかで、君を採用しようというのは、そいつは、マユツバもんだし、もしそれが事実だとすると、君は一時会社をよして、組合に加入していない人間だから――
声二 なあんだ、なあんだい! スキャップじゃねえか、すると争議やぶりだ!
声一 エスさまあ、おれたちを裏切りにおいでになったんだあ!
友吉 ……(裏切りといわれて、しんけんになり)そんな事はありません!そんな諸君を裏切るなんて、そんな――。僕は、ただ、どうしても暮しが立たないもんだから、なんとかして、この時計の仕事でなんとかしたいと思ったもんだから――諸君を裏切ろうという気持なんか、僕には、ミジンもないんだ。
司会 そうだろう、そうだと思う。君にそんな気持がない事は信ずるよ。しかしだなあ、会社としてはこの際組合の人間を首切ってしまって、ウンと人数をへらして、代りに会社のいうなりになる人間だけを入れてやって行きたいと思っているんだからね――それに君は組立ての方では腕が良かったんだし、この際、会社では君のような人間をほしいんだ。だから、君が入社すれば、君自身われわれを裏切ろうという気はなくても、結果としてはだな、ぼくらを裏切ることになるんだよ。だから――
友吉 そいじゃ、僕は入社しなくても――いえ、入社しません。そんな僕は――でも、しかし、僕は思うんです。ストライキなど、しないで、もっとこの両方で話し合って、やって行くようにです。――できないでしょうか? いえ、僕には、めんどうな理屈はわかりませんけれど、こんなふうになって、日本はメチャメチャになってしまって、すべての事が乞食と同じような事になってしまったんですから、この、以前のように資本家だから、労働者だからということで対立して、あらそって見ても、事実、資本家の方も苦しくて成り立たなくなって来るんじゃないでしょうか? 今はもう、そんな差別は抜きにしてみんながいっしょになって立ち直して行くことを考えないと、うまく行かんのじゃないかと、僕――
声一 アーメン!アーメン!わかったよ!
声二 進行、進行!(五、六人の拍手)
司会 じゃあ、次ぎの、有志の質問意見という事にうつりますが、しかし、われわわれ此際、今の片倉君の意見と同じような――いや、意見そのものの当否の問題でなくて、事態が、事ここに至っているというのに、いまだに中途半端な、妥協的見解を抱いている者がわれわれの間に居るようでは、今後はなはだ困ると思うので、どうかみんなは今日は腹蔵の[#「腹蔵の」は底本では「腹臓の」]ない事を話し合いたいと思います。
友吉 それでは――(いいながら、テーブルの所からさがろうとして、足をイスにぶっつけ、左手がきかないために身体の中心を失ってヨロヨロとなる)
細田 ……(イスから腰を浮かして、その友吉をささえてやりながら、わきのイスをさして)ここへかけたら、いい。
友吉 はい、どうも。――
司会 それでは、その前に、委員長に、会社当局との、今日午前中までの交渉経過について報告をしてもらい、併せて今後の見通しと、われわれの持たなければならぬ決意について話して貰います!(一同のさかんな拍手)
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(その拍手の中に、ションボリして[#「ションボリして」は底本では「シヨンボリして」]イスのそばから立ち去って行きかけた友吉が、ちょっと立ちどまって、一同の方を、いぶかしそうな、そして悲しそうな眼つきで見まわしている顔。その友吉を、細田がジッと見まもっている)
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9
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壕舎。
6と同じ。ひるごろ。6で義一が仕事をしていた石油箱に向って、友吉が時計の修理をしている。左手の白由がきかないので、あまりうまく行かないようである。6で俊子の寝ていたところには母のリクが寝ている。一家の窮迫の状は6の時よりひどくなっている事が一見してわかる。6にも出た北村が、あがりばなに掛けて、持って来た二三の品物をポケットから出してユカの上に置きならべている。
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北村 これはヒゲだ。もっといろんな種類のをそろえてと思ったけど――又手に入ったら持って来るよ。これは心棒。……心棒なども材料が悪くなったね。地金がまるきりヨタなんだ。会社でこさえていても、それ考えるとイヤになるよ。廻っているのがフシギさ。ハハ。(ポケットからガラスビンを出して)そいから、キハツをすこし。
友吉 だけど、そんなに――いいよ。この前のキハツの代もまだ払ってないし。
北村 いいじゃないか。だって、もうないんだろ?
友吉 ないにゃないけど――
北村 じゃ使えよ。修理をやるったって、部品やキハツなしじゃ、やれやしないじゃないか。なにどうせ僕だって買ったもんじゃなし。
友吉 悪いよ、だから。会社の物をそんなに君――困るなあ、僕。
北村 クスネて来たんじゃないんだよ。会社では近頃、請負の方の仕切りが、とても悪くなっているんで、その代りに余分の部品や、キハツのすこしぐらい、部長の責任で、仕切の歩合いとして持ち出していいことになってるんだよ。どうせ一時の事だろうが、そいつを外で売って、そいでしのいで行ってくれというんだね。
友吉 そうかねえ。しかし、それなら尚のこと、僕んとこなぞに廻しちゃ、大した金にはならんのだから――
北村 なに、僕は一人ぐらしだし、なんとかやってるから、大丈夫なんだ。
友吉 ……ありがとう。じゃ借りて――仕事して金が入ったら、あの、なにするから。
北村 いいんだ、いいんだ、いつでも。……おばさんよく眠るね?
友吉 うん、クスリをのむと、あと二時間ぐらいグッスリと眠るんだ。
北村 (のぞきこんで)なんだか、又、やせたようじゃないか?
友吉 ……食べるものを食べないもんだから。……いやいや、それくらい有るんだよ。有っても食べない。断食するんだといって――どうも。
北村 サチャグラなんとか――だろう?君のケイサツでの断食のことが頭にコビリついてしまったんだなあ。
友吉 ……(泣くような微笑)――そいで、眼がさめると、すぐに、なにか食べさしてくれ。で、食べる物当てがうと、食わない。――弱るよ。チンセイザイで、こうして眠っていてくれてる時だけホッとするんだ。俊子など、泣かされてばっかり居る。……
北村 ……(あんたんとして、しばらく黙っていてから)――俊ちゃんは?
友吉 ありゃ、修繕の注文をとって来るんだといって――
北村 え? あの眼で?
友吉 よせといっても、きかないんだよ。僕が廻っていると時間をとられて、かんじんの仕事ができないもんだから。
北村 どこまで、そいで――?
友吉
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