明 治子さん、……俺あ……兄きと、あんたと……いや、あんたは、いいんだ。……だけど、俺は……兄きの事を……兄きは、俺の、カタキだ。……こんだ逢ったら……。(つぶやくように切れ切れにいい、眼はジッと憎悪をこめて治子を見つめながら、無意識に血だらけの左手を空に一杯にひらき、それでグッと物をつかむ動作をする。その左手のシワの中に、かたまりかけた血液が、赤黒くスジになって光る。それを見つめている治子の、石化した顔。……北村とシルエットの静代とが、二人を見まもっている)……フ! (明の、つとめて笑おうとしてゆがんだ顔が、ベソに近くなってくる。暗くなる)

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 ガランとした柔剣道道場。
 半分は板じきで、半分はタタミじき。正面に体操用の肋木台。その肋木に両腕をしばりつけられて、土気色の顔の、眼をつぶり、青バナを垂らし、ヒクヒクとあえいでいる片倉友吉。左腕は上膊から肱の下までホウタイが巻き立てたのが、折れて不自然なかっこうに垂れている。
 その足もとから五、六歩はなれたユカの上に、右手に竹刀を握りしめたまま、うつぶせにたおれている父の義一。黒背広を着た
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