[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年一月六日。本郷区西片町十ロノ七号ヨリ(封書。はじめの部分切れて無し)
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まずこの位な処に候。御旅行結構に候。三日には大勢あつまり頗る盛会に候。小生「野分」をかいたからこの次は何をかこうかと考え居り候。何だか殿下様より漱石の方がえらい気持に候。この分にては神様を凌ぐ事は容易に候。人間もそのうち寂滅と御出になるべく、それまでに色々なものを書いて死に度と存候。以上。
[#ここで字下げ終わり]
一月四日夜[#地から3字上げ]金之助
虚子先生
○
明治四十年一月十六日(葉書)
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寅彦が「枯菊の影」を送って来ましたから廻送します。今度の『ホトトギス』に僕の転居を広告してくれませんか。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年一月十八日(封書)
[#ここから1字下げ]
「縁《えにし》」という面白いものを得たから『ホトトギス』へ差し上げます。「縁」はどこから見ても女の書いたものであります。しかも明治の才媛がいまだ曾て描き出し得なかった嬉しい情趣をあらわして居ます。「千鳥」を『ホトトギス』にすすめた小生は「縁」をにぎりつぶす訳に行きません。ひろく同好の士に読ませたいと思います。今の小説ずきはこんなものを読んでつまらんというかも知れません。鰒汁《ふぐじる》をぐらぐら煮て、それを飽くまで食って、そうして夜中に腹が痛くなって煩悶しなければ物足らないという連中が多いようである。それでなければ人生に触れた心持がしないなどと言って居ます。ことに女にはそんな毒にあたって嬉しがる連中が多いと思います。大抵の女は信州の山の奥で育った田舎者です。鮪《まぐろ》を食ってピリリと来て、顔がポーとしなければ魚らしく思わないようですな。こんななかに「縁」のような作者の居るのは甚だたのもしい気がします。これをたのもしがって歓迎するものは『ホトトギス』だけだろうと思います。それだから『ホトトギス』へ進上します。
[#ここで字下げ終わり]
一月十八日[#地から3字上げ]金
虚子様
○
明治四十年一月十九日(封書)
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拝啓 春陽堂の編輯員|本多直二郎《ほんだなおじろう》氏『新小説』紙上選句の件につき御目にかかり御話申度由につき御面会被下候えば幸甚に存候。まずは用事のみ余は拝眉千万。不一。
[#ここで字下げ終わり]
一月十九日[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜様
○
明治四十年一月二十一日(葉書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 庄野宗之助君の宿所をちょっと御報知願度と存候。以上。
[#ここで字下げ終わり]
一月二十一日[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年一月二十七日(葉書)
[#ここから1字下げ]
虚子君三月の能(九段)の席上等をとって頂く訳に行きませんか。今度も連れて行ってくれという人がある。モリスも取りたいと申します。都合はつきますまいか。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年三月二十三日(葉書)
[#ここから1字下げ]
先日は御来駕手拭を御被り被下難有候。さて『ホトトギス』小説選抜の件は当分むずかしく御座候。正月に執筆の事はどうなりますやら、小生が『朝日』へ書き得る分量次第かと存候。これはあらかじめ約束もむずかしかるべきか。ともかくも出来得る限り『ホトトギス』のために御用を務める事に致すべく候。以上。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年四月一日(京都下加茂二十四狩野方より)(封書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 京都へ参候。所々をぶらつき候。枳殻《きこく》邸とか申すものを見度候。句仏へ御紹介を願われまじくや。頓首。
[#ここで字下げ終わり]
三月三十一日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治四十年四月十九日(封書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 もしや西京より御帰りにやと存じ一書奉呈致し候。近頃高等学校二部三年生にて美文をつくりこれを『ホトトギス』へ紹介してくれという人有之。一応披見致候処中々面白く小生は感服致候。乍毎度貴紙上を拝借致し度と存候が如何にや。来月分に間に合えば好都合と存候。
「京の都踊」、「万屋」、面白く拝見、一力に於ける漱石は遂に出ぬように存じ候。少々御恨みに存じ候。漱石が大に婆さんと若いのと小供のとあらゆる芸妓にもてた小説でも写生文でも御書き被下度と存候。近来の漱石は色の出来ぬ男のように世間から誤解被致居り大に残念に候。以上。
[#ここで字下げ終わり]
四月十九日[#地から3字上げ]金之助
虚子庵座側
○
明治四十年五月四日(葉書)
[#ここから1字下げ]
「七夕《たなばた》さま」をよんで見ました。あれは大変な傑作です。原稿料を奮発なさい。先達《せんだっ》てのは安すぎる。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年五月四日(葉書)
[#ここから1字下げ]
「花瀬川」はものにならず。伝四先生何を感じてこの劣作をなせるか怪しむべし。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年七月十七日(松山一番町池内方高浜宛)(封書)
[#ここから1字下げ]
啓 松山へ御帰りの事は新聞で見ました。一昨日東洋城からも聞きました。私が弓をひいた※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]《あずち》がまだあるのを聞いて今昔の感に堪えん。何だかもう一遍行きたい気がする。道後の温泉へも這入りたい。あなたと一所に松山で遊んでいたらさぞ呑気な事と思います。「大内旅館」についての多評は好景気の様也。三重吉は大変ほめていました。寅彦も面白いといいました。そこへ東洋城が来て三人三様の解釈をして議論をしていました。小生はよくその議論をきかなかった。小生の思う所は「大内旅館」はあなたが今までかいたもののうちで別機軸だと思います。そこがあなたには一変化だろうと存じます。即ちあなたの作が普通の小説に近くなったという意味と、それから普通の小説として見ると「大内旅館」がある点に於て独特の見地(作者側)があるように見える事であります。詳しい事はもう一遍読まねば何ともいえません。とにかく色々な生面を持って居るという事はそれ自身に能力であります。御奮励を祈ります。五、六日前ちょっと何を考えたか謡をやりました。一昨日東洋城が来た時は滅茶々々に四、五番謡いました。ことによったら謡を再興しようと思います。いい先生はないでしょうか。人物のいい先生か、芸のいい先生かどっちでも我慢する。両者揃えば奮発する。「虞美人草《ぐびじんそう》」はいやになった。早く女を殺してしまいたい。熱くってうるさくって馬鹿気ている。これインスピレーションの言なり。以上。
[#ここで字下げ終わり]
七月十七日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治四十年八月五日(同上)(封書)
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一昨日御話をした「糸桜」という小説はいそがぬから私に見てくれといいますからあなたへは送りません。今日『東亜の光』という雑誌を見たら小林一郎(哲学の文学士)という人が、近頃漱石氏の名前が出るにつれて追々非難攻撃するものが殖えて来た。もう少し文学者は雅量がなくてはいかんとありましたが、どうですか。私は未だ非難攻撃という程な非難攻撃に接した事がない。何だか小林君の説によると迫害でも受けているように見えて可笑しい。漱石をほめるものが少なくなったのは事実であります。然しこれは漱石が作家として一般の読書子から認められたからであります。漱石をえらい作家と認めれば認めるほど世間は無暗にほめなくなる訳だと思います。六号活字などを以て漱石を非難攻撃などというのは頗る軽重の標準を失しているではありませんか。今めしを食《くっ》て散歩に出る前にちょっと時間がありますから気焔を御目にかけます。長い小説の面白い奴をかいて御覧なさらないか。そうして『朝日新聞』へ出しませんか。
今度の「同窓会」は駄目ですね、あれは駄目ですよ。あなたを目するに作家を以てするから無暗にほめません。ほめないのはあなたを尊敬する所以であります。頓首。
[#ここで字下げ終わり]
八月五日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治四十年八月十九日(同上)(封書)
[#ここから1字下げ]
浜で御遊びの由大慶に存じます。大きな皷を御うちの由これも大慶に存じます。松本金太郎君はどこにいますか。私のいる所からあまり遠方では少々恐入ります。謡の道にかけては千里を遠しとするほどの不熱心ものであります。専門の学問をしに倫敦へ参った時ですら遠くって遠くって弱り切りました。金太郎君へ入門の手続はどうしますか、月謝はいくらですか、相成るべくは相互の便宜上師弟差向いで御稽古を願いたい。敢て同門の諸君子を恐るるにあらず、度胸が据《すわ》らざるが為めなり。あなたは二十日頃御出京と承わりました。然し御令兄の御病気ではいけますまい。どうか御大事になさい。人の悪口を散々ついてあとからあれは奨励のためだというのは面白いですね。六号活字の三行批評家や中学生徒に奨励されちゃたまらない。以上。
[#ここで字下げ終わり]
八月十九日[#地から3字上げ]金
虚子先生
[#ここから1字下げ]
謡の件は近々御帰りまで待ちましてもよろしゅう御座います。いそぐ事ではありません。
[#ここで字下げ終わり]
○
明治四十年九月十四日(葉書)
[#ここから1字下げ]
宝生新君件委細難有候。早速始めたいが転宅前はちと困ります。転宅後も遠方になると五円では気の毒に思います。いずれ落付次第又御厄介を願いましょう。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年九月二十八日(葉書)
[#ここから1字下げ]
私の新宅は
牛込早稲田南町九[#「九」に「(ママ)」の注記]番地
デアリマス。アシタ越シマス。
[#ここで字下げ終わり]
○
明治四十年十月八日(牛込早稲田南町七番地より)(封書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 宝生の件は御急ぎに及ばず。いずれ落付次第此方へ招待仕る方双方の便宜かと存候。実はケチな事ながら家賃が五円増した上に月謝が五、六円出ると少々答える故、ちょっと様子を伺った上に致そうかと逡巡仕る也。魯庵氏への紹介状別封差上候間御使可被下候。まずは用事まで。匆々。頓首。
[#ここで字下げ終わり]
十月十八日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治四十年十月九日(葉書)
[#ここから1字下げ]
御小児《おんこども》御病気如何。もし御様子よくば木曜の夕茸飯を食いに御出掛下さい。もっとも飯の外には何もなき由。人間は連中どやどや参ると存候。紹介状サッキ郵便で出しました。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年十月二十九日(封書)
[#ここから1字下げ]
啓 先日霽月に面会致候処御幼児又々御病気の由にて御看護の由さぞかし御心配の事と存候。さて別封(小説「葦切《よしきり》」)は佐瀬と申す男の書いたもので、当人はこれをどこかへ載せたいと申しますから『ホトトギス』はどうだろうと思い御紹介致します。もっとも当人貧乏にて多少原稿料がほしい由に候。御一覧の上もし御気に入らずば無御遠慮御返却相成度ほかを聞いて見る事に致します。まずは用事まで。
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