の青年がその渡辺君であって久し振りに挨拶をした。それから最近一月十日の日附の郵便が鎌倉の私の案頭《あんとう》に落ちた。それはこういう手紙であった。
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拝呈
私は大正三年の春先生に松山で御目にかかり、四年の十二月に夏目先生に紹介していただいたものでございます。先生の御蔭で夏目先生に御目にかかる事が出来て大変悦んで居りました処、夏目先生は死なれましてまた寂寞《せきばく》を感ずるようになりました。遠慮であったのと御邪魔してはならぬという考えから度々《たびたび》は参りませんでしたが、比較的に親しく御話を承り少しは串戯《じょうだん》も申しましたが、死なれて急に何となく物足らないような心地になり、東京に居ってもつまらないような心になりました。それと同時に、今まで運命とかいうような事は全く考えた事もなかったのですが少しは運命という事を考えるようになりました。私が松山へ行ったのは数年前『坊《ぼっ》ちゃん』を読んだ事がありましたため、その跡を尋ねに松山へ行きたいという心が自然にその年の春浮んで来たのです。同時に先生が御郷里の松山へ帰って御出《おい》でだとは思いもそめなかった事で
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