か。」と訊《き》いてみたら、
「私は夏目先生の著作を愛読しているものですが、神経衰弱に罹《かか》って一年ばかり学校を休んでいる間に所々を旅行して今度この地に来たのです。先生のお書きになった何かの記事のうちに此家《ここ》に下宿していられたということがあったように記憶していたのでどんな所かその跡が見たくて来たのです。」ということであった。そこで私はその書生さんを案内して、まだ形の残っている射※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]の辺から例の大きくない二階建などを見せた。その書生さんはあまり多く語りもせずに帰って行った。その時名刺を貰ったけどもその名前は格別記憶にも残っていなかった。が、その翌年発行所の電話のベルが鳴って、
「私は渡辺と言っていつか松山でかくかくのことをしてもらった者であるが、一度夏目先生にお目にかかりたいと思う。お紹介が願えないでしょうか。」ということであった。私は承知の旨を答えた。私の書いた紹介状を渡辺自身が取りに来たのはその日かその翌日かのことであった。その後渡辺君のことはまた考える機会もなかったのであるが漱石氏の葬式の時、青山の斎場に丁度私の傍に立っていた一人
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