《ゆくはる》の感慨御同様惜しきものに候。然る所小生卒業論文にて毎日ギュー。閲読甚だ多忙。随って初袷の好時節も若葉の初鰹《はつがつお》のと申す贅沢《ぜいたく》も出来ず閉居の体。しかも眼がわるく胃がわるく散々な体。服薬の御蔭にて昨今は腹の鈍痛だけは直り大に気分快壮の方に候。いつか諸賢を会して惜春の宴でも張らんかと存候えども当分|駄目《だめ》。ちょっと伺いますが碧梧桐君はもう東京へは来らんですぐ行脚にとりかかりますか。
 卒業論文をよんで居ると頭脳が論文的になって仕舞には自分も何か英語で論文でも書いて見たくなります。決して猫や狸の事は考えられません。僕は何でも人の真似がしたくなる男と見える。泥棒と三日居れば必ず泥棒になります。以上。
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   五月十九日[#地から3字上げ]金
     虚子先生
      ○
明治三十九年五月二十一日(封書)
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 拝啓 別紙の如き妙なものが参り候。筆者は木村秀雄とて熊本に住む人なれど逢うた事も話をしたこともなければ学生やら紳士やら知らず。ただ今論文校閲中にて熟読のひまも無之《これなく》ただ御高覧のために御廻し致候
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