立寄るからということを約束した。当日、出来て居るかどうかをあやぶみながら私は出掛けて見た。漱石氏は愉快そうな顔をして私を迎えて、一つ出来たからすぐここで読んで見てくれとのことであった。見ると数十枚の原稿紙に書かれた相当に長い物であったので私はまずその分量に驚かされた。それから氏の要求するままに私はそれを朗読した。氏はそれを傍《かたわ》らで聞きながら自分の作物に深い興味を見出すものの如くしばしば噴き出して笑ったりなどした。私は今まで山会で見た多くの文章とは全く趣きを異にしたものであったので少し見当がつき兼ねたけれども、とにかく面白かったので大に推賞した。気のついた欠点は言ってくれろとのことであったので、私はところどころ贅文句《ぜいもんく》と思わるるものを指摘した。氏は大分不平らしかったけれども、未だ文章に就いて確かな自信がなく寧ろ私を以って作文の上には一日の長あるものとしておったので大概私の指摘したところは抹殺したり、書き改めたりした。中には原稿紙二枚ほどの分量を除いたところもあった。それは後といわず直ぐその場で直おしたので大分時間がとれた。私がその原稿を携えて山会に出たのは大分定刻を過
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