はあっ気に取られた顔をして無言のまま漱石氏を見下しているその西洋人の顔を見出した。私は漱石氏がそのウッドなる西洋人に対して何か深怨を抱いていて、今|此処《ここ》で出会ったを幸に、何事かを面責しようとしているのかと想像しつつこれを凝視していた。しばらく漱石氏の顔を見下していた西洋人は、やがてついと顔を外らして、向うの群集の中に這入ってしまった。
「どうしたのです。」と私は漱石氏を迎えて訊いた。
「勝手が判らなくってまごまごしているのは可哀想と思うたから……。」と言いかけて氏は堅く口を緘《と》じて鋭い目で前方を瞰《にら》んでいた。私は氏がその西洋人を旧知のウッドなる人を見違えたのだったろうと考えてその以上を追求して尋ねなかった。
やがて時間が来て待合室を出た一同は、ぞろぞろと会場に流れ込んで目の前に何十人という美人が現われ出たのを眺め入るのであった。漱石氏も別に厭な心持もしなかったと見えて、かつて本郷座や新富座の芝居を見た時のような皮肉な批評も下さずに黙ってそれを見ていた。踊がすんで別室で茶を喫む時も、一人の太夫が衆人環視の中で、目まじろかずと言ったような態度で、玉虫色の濃い紅をつけた唇
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