○
明治三十九年十二月二十三日(葉書)
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 拝啓 蝶衣《ちょうい》(高田四十平《たかだよそへい》)君の[#「君の」はママ]所ハ淡路釜口デスカ。
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[#地から3字上げ]夏目金之助
     高浜清様
      ○
明治三十九年十二月二十六日(葉書)
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 廿七日引き越します。
 所は本郷西片町十ロノ七
であります。仲々まずい所です。喬木《きょうぼく》を下って幽谷ニ入ル。
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[#地から3字上げ]夏目金之助
     高浜虚子様

    七

 明治四十年頃からの漱石氏はますます創作に油が乗って来て、その門下に集まって来た三重吉、豊隆《とよたか》、草平《そうへい》、臼川《きゅうせん》その他の人々に囲繞《いじょう》せられて文壇に於ける陣容も整うて来た事になった。その時に当って朝日新聞から社員として傭聘《ようへい》するという話が始まって、遂に氏は意を決して大学講師の職を辞して新聞社員として立つ事になった。同時に氏は素人の域を脱して黒人《くろうと》の範囲に足を踏ん込んだ事になったので、今までは道
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