まんで、それにしゃぶりつくのを見て、
「鶏はそんな風にして食っていいのですか。」と聞いたら、氏は、
「鶏は手で食っていいことになっていますよ。君のようにそうナイフやフォークでかちゃかちゃやったところで鶏の肉は容易に骨から離れやしない。」と言った。そこでこの日私は始めて、鶏を食うには指でつまんでいいことと、手の膏をとるのには白い粉をこすりつけることとを明かにして、この新洋行者の知識に敬意を表した。
 それから氏は間もなく洋行をした。

    五

 漱石氏は香港から手紙を寄越した。それは明治三十三年九月のホトトギスに載って居る。

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 航海は無事に此処《ここ》まで参り候えども下痢と船酔にて大閉口に候。昨今は大いに元気恢復。唐人と洋食と西洋の風呂と西洋の便所にて窮屈千万、一向面白からず、早く茶漬と蕎麦《そば》が食いたく候。(中略)熱くて閉口。二百十日には上海辺にて出逢い申候。
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阿呆鳥熱き国にぞ参りたる
稲妻の砕けて青し海の上
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 明治三十四年四月発行の『ホトトギス』誌上に、また氏の手紙が載って居る。

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 女皇の葬式は「ハイド」公園にて見物致候。立派なものに候。
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白金に黄金に柩《ひつぎ》寒からず
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 屋根の上などに見物人が沢山居候。妙ですな。
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凩《こがらし》の下にゐろとも吹かぬなり
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 棺の来る時は流石《さすが》に静粛《せいしゅく》なり。
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凩や吹き静まつて喪の車
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 熊の皮の帽を戴くは何という兵隊にや。
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熊の皮の頭布《づきん》ゆゝしき警護かな
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 もう英国もいやになり候。
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吾妹子《わぎもこ》を夢みる春の夜となりぬ
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 当地の芝居は中々立派に候。
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満堂の閻浮檀金《えんぶだごん》や宵の春
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 或詩人の作を読で非常に嬉しかりし時。
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見付たる菫《すみれ》の花や夕明り
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 それから明治三十四年五月、六月と引き続いて『ホトトギス』紙上には「倫敦消息《ろんどんしょうそく
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