つて居る。私は此処に来ると只仕事をするばかりである。他の諸君も皆その通りである。もとこの発行所になつてゐる家を建てた人は、相当に建築道楽の人であつたと見えて、木柱なども可也贅沢なものが使つてある。然しそれらは私達の心を慰める程有効に役立つては居らぬ。木柱に罪があるわけではない。そこに住まつて仕事をして居る我等の心にゆとり[#「ゆとり」に傍点]が無くつて、それを愛賞する余裕を見出さないのである。我等が行き詰まるやうな心持で椅子に腰をかけて仕事をしてゐると、彼の貸二階の人々は同じくその狭い二階に膝をかがめ低い天井に背ぐくまつて、ゆとりの無い暮しをしてゐる様である。宜しく同病相憐れむべきであるが、其二階の人が高いところから我等を見下ろしてゐると気がつくと癪に障らざるを得ない。私は庭に様々な木を植ゑ並べてそれを防がうと苦心して居る。
俳句や文章を載せてゐる「ホトトギス」は読者に取つて息苦しいものではないであらう。けれどもそれを作るほととぎす発行所は相当に息苦しい場所である。我等は我等の力にあり余る位の仕事を此処でやつて行かねばならぬ。さうして気が飢ゑ神《しん》が疲れた時には仕事をするのが厭に
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