発行所の庭木
高浜虚子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)棕梠《しゆろ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)其|礫《こいし》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ゆとり[#「ゆとり」に傍点]
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 発行所の庭には先づ一本の棕梠《しゆろ》の木がある。春になつて粟粒を固めた袋のやうな花の簇出《そうしゆつ》したのを見て驚いたのは、もう五六年も前の事である。それ迄棕梠の花といふものは、私は見た事がなかつたのである。見た事はあつても心に留まらなかつたのである。それがこの家に移り住むやうになつて新しく毎日見る棕梠の梢から、黄いろい若干の袋が日に増し大きくなつて来るのを見て始めて棕梠の花といふものを知つた時は一つの驚異であつた。その後の棕梠には格別の変化も無い。梢から矢の如く新しい沢山の葉が放出すると同時に、下葉の方は葉先から赤くなつて来て幹に添ふて垂下して段々と枯れて行く。この新陳代謝は絶えず行はれつつある。或時私は座敷の机にもたれて仕事をして居ると、軒端に何か物影がさして其処に烈しい羽搏《はばた》きの音が聞えたので驚い
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