ま》い処があるぞな。」と居士は言う。
「そんなに旨いのかな。露伴より旨いのかな。」
「もっとも私《あし》は馬鹿にしていて二、三日前まで読まなかったのだが、読んで見るとなかなか旨いから、今日持って行って材料にしたのよ。そりゃ内容から言ったら露伴の方が遥《はるか》に高尚だけれども文章はところどころ露伴よりも旨いと思われる処がある。」とそれから一々その書物を開きながら、この句がいい、この句が力があるというような事を説明した。
 今『英語青年』を主幹している喜安君はこの事を覚えているや否や。

    四

 余が文学上の書籍に親しんだのは中学卒業の一年前位からの事で、前言った通り『国民の友』、『早稲田文学』、『しがらみ草紙』、『城南評論』、それに近松物、西鶴物、露伴物、紅葉物、高田早苗氏の『美辞学』、中江篤介《なかえとくすけ》訳の『維氏美学《いしびがく》』、それらを乱読して東都の空にあこがれていた。そうしてある時子規居士に手紙を送って、小説を書くためには学校生活を遣るよりも中学を卒《お》えた上直ちに上京して鴎外氏なり露伴氏なりの門下生になりたいと思うが周旋をしてくれぬか、と言って遣った。それ
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