の三君と余とであったかと思う。可全君というのは碧梧桐君の令兄である。
 これらは居士が大学在学中二、三度松山に帰省した間の片々たる記憶である。

    三

 居士の帰省中に、も一つこういう事があったのを思い出した。余は二階の六畳に寝転んで暑い西日をよけながら近松|世話浄瑠璃《せわじょうるり》や『しがらみ草紙』や『早稲田文学』や西鶴ものなどを乱読しているところに案内も何もなく段梯子《だんばしご》からニョキッと頭を出したのは居士であった。上に上って来るのを見ると袴を穿《は》いて風呂敷包みを脇に抱えて居る。居士が袴を穿いているのは珍らしいので「どうおしたのぞ。」と聞くと、
「喜安※[#「王+二点しんにょうの進」、第4水準2−81−2]太郎《きやすしんたろう》はお前知っといじょうが。あの男から講演を頼まれたので今それを遣って来たところよ。」
「そうかな。何を講演おしたのぞ。」
「文章談をしたのよ。」とそれから間もなくその風呂敷包を開いて一つの書物を取り出して見せたのは浪六《なみろく》の出世小説『三日月《みかづき》』であった。それから「内容は俗なものだけれど、文章は引締っていてなかなか旨《う
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