と敬称するのもそういう敬語に慣れぬ余には不思議に思われた。その後しばしば余を訪問して遂に余の下宿に同宿した。その部屋には殆ど何の什器《じゅうき》もなくって、机の上に原稿紙があるのと火鉢の傍に煙管が転がっているばかりであった。障子を開けるといつも濛々《もうもう》たる煙の中に坐っていた。着替はもとより寝巻もなく本当の着のみ着のままというのはあの男の事であった。『国民の友』に「人寄席《ひとよせ》の話」を投書したのが縁となって遂に民友社に入社し下層の事情に通ずるので重宝がられていたがその後行方不明になって今に誰の処にも音信がない。大方死んだのであろうという左衛門君などの鑑定である。
二、三日前の『国民新聞』の「忙閑競《ぼうかんくら》べ」の中《うち》に寄席の下足の話があったが、すべてああいう話が其村君の得意なところで、下足の誇りはそれを投げ出すと同時にチャンと下駄の並んでいるところに在るというようなことをあたかも自分の誇のようにしてドモリながら話していた。また余を縄暖簾《なわのれん》に伴《つ》れて行って初めて醤油樽に腰を掛けさせたのも其村君であった。其村君はいつでも袂《たもと》の底に銅銭や銀貨
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