過ぎなかったものがたちまち俳人として世に名を知らるるようになったのであるが、それでいて何となく影の薄い感じがする。というものはたとい居士によって社会に推挙され社会からは予期せざる待遇を受けるようになりながらもなお自己としては何処《どこ》までも放浪の書生で、居士の門下生として俳句を作っておる中《うち》に格別の興味も誇をも見出し得ないで、半《なかば》は懊悩《おうのう》し半は自棄しつつ、ただ本能に任せ快楽を追うのにこれ急であったのである。ある時居士は、「お前ももう少し気取ってもええのだがなあ。」と笑いながら余に言ったことがあった。余は淡路町の下宿に「大文学者」という四字を半紙に書いて壁に張りつけながら瘧《おこり》を病んでうんうん言っていたことがあった。居士はこの事を伝え聞いて、「大文学者の肝小さく冴《さ》ゆる」と同じく半紙に書いて余に送って来た。これは馬鹿気《ばかげ》た一笑話であるが、実をいえば十七字の短詩形である俳句だけでは満足が出来なかったのである。世人が子規門下の高弟として余を遇することは別に腹も立たなかったがそれほど嬉しいとも思わなかったのである。このとりとめもないような一種の空想は
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