書が来た。
早速余は出掛けて行くと、少し話したいことがあるが、うちよりは他《よそ》の方がよかろうと言って居士は例のヘルメットを被って表に出た。余はそのあとに跟《つ》いて行った。頗る不機嫌な顔をした居士は黙々として先に立って行った。腰の痛みはあまりいい方でなかったのでその歩きぶりは気の毒にも苦しそうであった。余は大方の意味を了解していたのでやはり黙りこくってあとについて行った。稲は刈り取られた寒い田甫《たんぼ》を見遥るかす道灌山の婆の茶店に腰を下ろした時、居士は、
「お菓子をおくれ。」と言った。茶店の婆さんは大豆を飴《あめ》で固めたような駄菓子を一山持って来た。居士は、
「おたべや。」と言ってそれを余に勧《すす》めて自分も一つ口に入れた。居士は非常に興奮しているようであったが余はどういうものだか極めて冷かに落着いて来た。何も言わずにただ居士の唇《くちびる》の動くのを待っていた。
「どうかな、少し学問が出来るかな。」
こう切り出した居士は、何故に学問をしないのかという事を種々の方面から余に問質《といただ》すのであった。殆ど二、三時間も婆の茶店に腰をかけていた間に、ものをいった時間は四分
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