かったのを居士は一々教えながら作るのであった。何でも松山に帰り着くまでに表六句が出来ぬかであった。そうして二、三日経って居士はそれを訂正して清書したものを余らに見せた。もし今|獺祭書屋《だっさいしょおく》旧子規庵を探したらその草稿を見出すのにむずかしくはあるまい。居士は如何なる場合にいい捨てた句でも必ずそれを書き留めて置く事を忘れなかったのである。
 こういう事もあった。
 海中に松の生えた岩が突出して居る。
「おい上ろう。上ろう。」と新海非風《にいのみひふう》君が言う。
「上ろう。テレペンが沢山あるよ。」と言ったのが子規居士である。舟が揺れて居る。二人の上ったあとの舟中に取り残されたのは碧梧桐君と余とであった。間もなく碧梧桐君もその岩に掻《か》き上ってしまって最後には余一人取り残された。
 非風君はその頃肺を病んでいた。たしかこの時であったと思う、非風君がかっと吐くと鮮かな赤い血の網のようにからまった痰《たん》が波の上に浮いたのは。
「おいおい少し大事にしないといけないよ。」と子規居士は注意するように言った。
「ハハハハ」と非風君は悲痛なような声を出して笑い、「おい升《のぼ》さん(子
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