に遊んで敦盛蕎麦《あつもりそば》を食った。居士の健啖《けんたん》は最早余の及ぶところではなかった。
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人も無し木陰の椅子《いす》の散松葉  子規
涼しさや松の落葉の欄による  虚子
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などというのはその頃の実景であった。初め居士の神戸病院に入院したのは卯の花の咲いている頃であったが、今日はもう単衣を着て松の落葉の欄によるのに快適な頃であった。居士がヘルメット形の帽子を被って単衣の下にネルのシャツを来て余を拉《らっ》して松原を散歩するのは朝夕《ちょうせき》の事であった。余はかくの如く二、三日を居士と共に過ぐしていよいよ帰東することになった。
 いよいよ明朝出発するという前の日の夕飯に居士は一つか二つか特別の皿をあつらえた。それから居士は改まって次のような意味の事を余に話した。
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「今度の病気の介抱の恩は長く忘れん。幸に自分は一命を取りとめたが、しかし今後幾年生きる命かそれは自分にも判らん。要するに長い前途を頼むことは出来んと思う。それにつけて自分は後継者という事を常に考えて居る。折角《せっかく》自分の遣りかけた仕事も後継
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