あったけれども、漸く親しくなって見るとこれもまた老いたる憐れなる善人であった。
 居士は車に乗って黄塔君の宅に出掛けた。余はその車に跟《つ》いて行きながら万一を心配したが、それも無事であった。黄塔君と三人で静に半日を語り明して帰った。
 いよいよ須磨の保養院に転地するようになったのはそれから間もないことであった。病院を出て停車場に行く途中で、帽のなかった居士は一個のヘルメット形の帽子を買った。病後のやつれた顔に髯《ひげ》を蓄え、それにヘルメット形の帽子を被った居士の風采は今までとは全然異った印象を余に与えた。
 保養院に於ける居士は再生の悦びに充ち満ちていた。何の雲翳《うんえい》もなく、洋々たる前途の希望の光りに輝いていた居士は、これを嵐山清遊の時に見たのであったが、たとい病余の身であるにしても、一度危き死の手を逃れて再生の悦びに浸っていた居士はこれを保養院時代に見るのであった。我らは松原を通って波打際に出た。其処《そこ》には夢のような静かな波が寄せていた。塩焼く海士の煙も遠く真直ぐに立騰《たちのぼ》っていた。眠るような一帆《いっぱん》はいつまでも淡路の島陰にあった。
 ある時は須磨寺
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