してかかった。病室で喫煙することを厳禁したが彼女は平気で長い煙管《きせる》でスパスパと遣った。
どうしても咯血がとまらぬので氷嚢《ひょうのう》で肺部を冷し詰めたために其処《そこ》に凍傷を起こした。ある一人の若い医師が来て見て、
「こんな馬鹿をしては凍傷を起こすのは当然だ。いくらあせったって止まる時が来なけりゃ血はとまりゃしない。出るだけ出して置けば止まる時に止まる。」
この言葉は頗《すこぶ》る居士の気に入ったらしく病み衰えた顔に珍らしく会心の笑を洩らした。実は医師の言ったよりも大分極度に氷を用いていたので、しかも下にガーゼも何も当てないで直接に氷嚢を皮膚に押しつけるようなことをしてこの凍傷を起こしたのであって、それも居士の発意に基いてやったのであったが、此の若い医師の言葉はすべてそれらの神経的な小細工な遣り口を嘲笑して遺すところがなかった。その後居士は少しも病気についてあせる容子《ようす》を見せず、安然としてただ平臥していた。
けれども困った事はいつまで経っても営養物を取らない事であった。余や附添婦がかたみ代りに勧めても首を振って用いなかった。仕方がないので遂に医師は滋養|灌腸《
前へ
次へ
全108ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高浜 虚子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング