古白君歿後暫くして余は京都に行った。あたかもそれは内国博覧会の開設中で疏水の横に沢山の売店が並んでいた光景などが目に浮ぶ。
 京都には鼠骨《そこつ》君がいた。鼠骨君はその頃吉田神社前の大原という下宿にいたので余は暫く其処《そこ》に同居していた。
 その時突として一つの電報が余の手に落ちた。それは日本新聞社長の陸羯南《くがかつなん》氏から発したもので、子規居士が病気で神戸病院に入院しているから余に介抱に行けという意味のものであった。

    十

 神戸の病院に行って病室の番号を聞いて心を躍らせながらその病室の戸を開けて見ると、室内は闃《げき》として、子規居士が独り寝台《ねだい》の上に横わっているばかりであった。余は進んでその傍に立って、もし眠っているのかも知れぬと思って、壁の方を向いている居士の顔を覗《のぞ》き込んだが、居士は眠っていたのではなかった。透明なように青白く、全く血の気がなくなってしまっているかと思われるような居士は死んだものの如く静かに横臥《おうが》しているのであった。居士は眼を瞠《みひら》いて余を見たがものを言わなかった。余も暫く黙っていたが、
「升《のぼ》さん
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