瀟洒《しょうしゃ》たる洋服に美くしい靴を穿《は》いていた。二人はまず南禅寺へ行って、それから何処《どこ》かをうろついて帰りに京極の牛肉屋で牛肉と東山名物おたふく豆を食った。
その翌々日余は居士を柊屋に訪ねた。女中に案内されて廊下を通っていると一人の貴公子は庭石の上にハンケチを置いてその上をまた小さい石で叩いていた。美くしい一人の女中は柱に手を掛けてそれを見ながら何とか言っていた。その貴公子らしく見えたのは子規居士であった。
「何をしておいでるのぞ。」と余は立ちどまって聞くと、
「昨日高尾に行って取って帰った紅葉をハンケチに映しているのよ。」と言って居士はまだコツコツと叩いた。柱に凭《もた》れている女中は婉転《えんてん》たる京都弁で何とか言っては笑った。居士も笑った。余はぼんやりとその光景を見ていた。たしかこの日であったと思う。二人が連立って嵐山の紅葉を見に行ったのは。
当時を回想する余の眼の前にはたちまち太秦《うずまさ》あたりの光景が画の如くに浮ぶ。何でも二人は京都の市街を歩いている時分からこの辺に来るまで殆ど何物も目に入らぬようにただ熱心に語り続けていた。それは文学に対する前途の
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