七日の月明に
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そういう語呂が口のうちに呟《つぶや》かれた。余は居士の霊を見上げるような心持で月明の空を見上げた。
両君を起こして帰って来て見ると母堂と鷹見夫人とはなお枕頭に坐っておられた。妹君は次の間に泣いておられた。殆ど居士の介抱のために生きて居られたような妹君だもの、たとい今日あることは数年前から予期されていたことにせよ、今更別離の情の堪え難いのは当然の事である。何事にも諦らめのいい女々しい事は一度も言われたことのない母堂も今外から戻って来た余を見ると急に泣き出された。余は言うべき言葉がなくって黙ってその傍に坐った。
「升《のぼ》は清《きよ》さんが一番好きであった。清さんには一方ならんお世話になった。」と母堂は言われた。それは鷹見夫人に向って言われたのであった。余は何と答えていいかを弁《わきま》えなかった。相変らず黙って坐っているばかりであった。
碧梧桐君や鼠骨君や羯南先生なども見えた。何にせよ天明を待たねばならなかった。
羯南先生を中心にして一同で暁を待った心持はしめやかであった。
医師が来てから間もなく夜が開けた。羯南先生の宅を本陣にして葬儀
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