その他についての評議が開かれてからは落着いた心持はなかった。
 その夜の通夜《つや》は「談笑平日の如くなるべきこと。」という予《か》ねての居士の意見に従って自然に任せておいた。余は前夜の睡眠不足のために堪え難くて一枚の布団を※[#「木+解」、第3水準1−86−22]餅《かしわもち》にして少し眠った。
 一人の俳人のそれを低声に誹謗《ひぼう》しつつあるのを聞きながら余はうつらうつらと夢に入った。
 居士|逝去《せいきょ》後|俄《にわか》にまめまめしげに居士の弟子となった人も沢山あった。その人らは好んで余らの不謹慎を責めた。
 居士逝去後居士に対して悪声を放つ人はあまりなかった。ただ一人あった。
 余と碧梧桐君とは居士の意を酌《く》んで、「死後」と題する文章に在るような質素を極めた葬儀にせようと思ったがそれは空想であった。
 けれどもその葬儀はやはり質素な葬儀であった。
 私はこれで一先《ひとまず》居士追懐談の筆を止《と》めようと思う。私は今でもなお、居士の新らしい骸《むくろ》の前で母堂の言われた言葉を思い出す度《たび》に、深い考に沈むのである。余の生涯は要するに居士の好意に辜負《こふ》し
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