であろう、
「水……」と言った。妹君は先刻服薬した時のようにやはりガラスの管《くだ》で飲ませた。居士はそれを飲んでから、
「今誰が来ておいでるのぞい。」と聞いた。妹君は枕頭に固まっていた我らの名を読み上げた。
 それから暫くの間の事は記憶していない、たしか余は他の人と交代して一応自分の家に引取ったものかと思う。
 その十八日の夜は皆帰ってしまって、余一人座敷に床を展《の》べて寝ることになった。どうも寝る気がしないので庭に降りて見た。それは十二時頃であったろう。糸瓜の棚の上あたりに明るい月が掛っていた。余は黙ってその月を仰いだまま不思議な心持に鎖《とざ》されて暫く突立っていた。
 やがてまた座敷に戻って病床の居士を覗いて見るとよく眠っていた。
「さあ清さんお休み下さい。また代ってもらいますから。」と母堂が言われた。母堂は少し前まで臥せっていられたのであった。そこで今まで起きていた妹君も次の間に休まれることになったので、余も座敷の床の中に這入った。
 眠ったか眠らぬかと思ううちに、
「清《きよ》さん清さん。」という声が聞こえた。その声は狼狽《ろうばい》した声であった。余が蹶起《けっき》して
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