載せてあって、十八日も欠け、十九日朝に永眠されたのであった。それから思うと十五日の臭気の記事を除くと、実に十四日の朝の記事は居士の最後の文章と言ってもいいものであったのである。
十五日から十七日までのことは記憶が朧気《おぼろげ》であるが、十八日の午前であったか、午後であったか、余らが枕頭に控えていると居士は数日来同じ姿勢を取ったままで音もなく眠って居た。其処《そこ》へ宮本|仲《ちゅう》氏――医師――が見えて、
「どの辺が苦しいですか。」と聞いた。
「この辺一面に……」と居士は左の手で胸の当りを教えた。胸部には水が来て居ったが、手の方は痩せたままであったので、殆ど骨に皮を着せたような大きな手を広ろげるようにしてその胸部を教えた時の光景が目に染み込んでいる。
「そうですか。それでは楽にしてあげますよ。」と宮本氏は子供にでも言って聞かすような調子で言って何か粉薬を服用させた。それもガラス管で水を吸い上げるようにして飲んだのであった。
それから居士は眠ったようであった。枕頭にいる我らも黙りこくっていた。沈鬱な空気が部屋に漂っていた。それから暫くして居士はまた目を覚まして、口が渇《かわ》くの
前へ
次へ
全108ページ中103ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高浜 虚子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング